こんにちは

 

かえでだよ。

 

今日はスピリチュアルのお話だけれど、世俗と宗教の関係性?について。

 

いやさー、日本って、無神論者が多いというか、宗教無いよって言われたりするじゃん?

 

これはある意味すごいことで、ある意味致命的なことなんだよね。

 

宗教がないっていうのは、自分の生き方がないっていうことだから、その状態はすべて世俗、周りに合わせて合わせてってなるのももしかしたら、ここにあるかもしれないね。

 

イギリスの英語学校に行っていたとき70台の日本人、当時40歳以上上のおばあちゃんと知り合いになったんだけれど、その時聞かれたのさ、宗教について。

 

その時、「何も無いよって」答えたんだけど、そしたら、「つまらないよ」って言われてさ。

 

だから切り返したのさ、宗教って、万物の真理をどの角度で見るかの違いだから、仏教やキリスト教のような「~教」のようなものはないよって。

 

そしたら、なんか友達になれた感じというか、いい感じになって。同時に英語学校にいた周りの人達のことを「(生き方がなくて底が浅くて)つまらないね」っていう感じの評価をおばあちゃんはくだしていた。

 

うん。でもさ、危なかったな。その数年前、本屋でたまたま手に取った「パワーかフォースか」っていう超有名スピ本を読んでいなかったら切り返せなかったな。

 

危ない。これはもう運だったね。

 

まーでも、宗教ってそれぐらい重要なんだ。

 

もちろんさ、宗教って、権力と結びついてえらいことになってきた歴史があるから、常に警戒しなきゃいけない部分はあるんだけれど、だけど、それ以上に生き方がないのは本当にまずいと思う。

 

まー、それでも日本のすごいところは、ちゃんとそんなあいまいな状態で機能しているところだな。宗教領域に何もなければ、外から宗教的なものが入ってきたときライバル不在の空白領域だから、絶対何かしら入ってくるはずなんだけれど、シャットアウトできちゃってるでしょ。それはちゃんと補完しているものがあるっていうことだとは思う。

 

まー、カルト的なものはちゃんと起こってるけどさ。

 

外から強い宗教にのっとられたりとかそういうのはないな。

 

多分目に見えてないだけ、気づいていないだけで、なんやかんや宗教があるってことなんだとは思う。

 

とはいえ、やっぱり、ちょっと日本は世俗的すぎるかもしれないな。

親戚の寺の住職とか見ていても既存宗教は世俗って感じ。

 

 

ほんと、私もこの状態には常に悩まされてきた。

世俗的にならなきゃならなきゃって、結構頑張った@

 

でもうまくいかなかった。だってそれは周りに合わせているだけだから。

そんなもん上手くいかないさね。軸がぶれて安定しないさね。

 

自分の生き方がないとね。

 

世俗と宗教のお話だったよ。

じゃね!

 

 

こんにちは

 

かえでだよ。

 

今日はエンパスの話の中でも、特に私が知らず知らずに困っていたことについて書いてみたいと思う。

 

エンパスっていうのは一般的には、繊細だとか敏感だとかあるいはHSP(Highly Sensitive Person)のスピリチュアル用語版なんて言われたりする。

 

 

まー、それは間違ってはいない。間違ってはいないんだけれど、

どこにも書かれていないような結構致命的な問題があって、

 

そもそも敏感なのを気付いていないというパターン。

敏感という言葉から連想されないような知らず知らずのトラブル、というようなものがある。

 

つまり、どういうことかっていうと、

 

生まれながらに敏感ということは、地場の影響、環境の影響でわけわからなくなっていたりするということだ。

 

もうほんとにこれね、致命的。

 

全然知らなかったもんだから、私が気づいたのは、初めて自分で海外に行った時だった。

海外行くと、特に一人で行ったりすると、いろんなものを捨てるし、電波も何もつながらない状態に置かれるし、

まさに一か八かのサバイバル、のような状態になって、

 

何よりも、これまで受けていた地場の影響から抜け出し、ようやく一つのちゃんとした視点ができたというか。

 

 

日本の中だけにいたら、まず視点がズレてます。一回全部捨てないとだめです。

 

わからないこともわかっていないです。

最初からずれていてそのずれに乗っかって、ありとあらゆるものが蓄積されているから。

 

まー、それでも、環境に恵まれて、ポジティブな地場の中でのびのびしていければ、日本という部分以外は正常にエンパシーが働いてくれるとは思う。

 

だけど、ネガティブな磁場の中にいると、エンパシーがうまく働かない。そもそも何をやってもうまくいかないでしょ。エネルギー合わないからさ。

 

「なんでこんなこともできないの。」これ今一桁やティーンエイジャーの子たちには死語かもしれないけれど、こういうの言われても、「できないことを望む親の願望」というエネルギーの流れを読んでしまって、できないのよ。

 

学校の国語の答案用紙で、正しく読解しなさいって言われても、そもそも、ネガティブな磁場ばかりだと、正しいのは読解することじゃなくて、他人に合わせることとか、周りに合わせること、とかだったりするから、国語なんてないのよ。

 

あと答案用紙とかもさ、間違えることを望んで作られた答案用紙とかだと、そのまま間違えてほしいという願望に引っ張られてミスるから。つなぎすぎてさ。

 

だから、一度シャットアウトしないとだめ。入れ替えなきゃダメ。

そのプロセス踏んでようやくね、バランス取れるようになった。

 

それまでは、相手に伝わるように話すことが正解。こんな簡単なこともできないの、できなかったの。

だって、間違った正しさの中で選択してきたから。正しさの基準は影響を与えてきた人に合わせた回答をすることだから。

 

だから、わけわからない状態の人は、一度海外行ったほうがいいかもね。ばさっと削ぎ落しにさ。

本当にスカッとするよ。

超おすすめ。

 

ま、行くならなるべく持たないほうがいいね。

そのほうがいっぱい入ってくる。

 

そんなこんな、致命的なエンパスのお話だったよ。

じゃね!

 

こんにちは〜。

 

かえでだよ。

 

今日はエンパスの症状について。

 

いや、エンパスってさー、受けやすいとか感受性が高いとか、繊細だとかいろいろあるけれど、もっと具体的にはどういうことなのかって色々あると思ったから書いてみることにした。結構致命的っていうか、今思うとあれもそうだったなー、みたいなのが結構あるんだ。

 

 

まず一つ目。ネガティブな環境だとネガティブが、ポジティブな環境だとポジティブがそのまま増幅する。

 

ポジティブなものにあふれていたら、どんどんそれが増幅していくものだから、とても良い循環になったりするんだけれど、そんな素晴らしい環境があるとは限らなくて、ネガティブ化の環境だと、厄介で、今度はそのネガティブなエネルギーをそのままを増幅させてしまうのだ。

 

で、そのネガティブがそのまま増幅されるネガティブな磁場とかかかっている環境だと、増幅すると困るから、実際には増幅されるというよりは、無意識にエネルギーの接続に失敗して増幅しないようにするようなことが起こる。

 

どういうことかっていうと、他人に何かを教えてもらっても、それが、「これぐらい、~わかるでしょ」だとか「これは難しい」というかんじだと、そっくりそのまま、「わからない状態が続いてほしいからわからない」みたいな感じで、結局できないのだ。

 

まー、こういうのってエンパスにかかわらず、環境エネルギーが悪ければ覚えも悪くなるし、環境エネルギーが良ければ覚えも良くなるってだけなんだけど。

 

 

二つ目。日本語がよくわからない。

 

厳密にはわかるというよりわかっていないということもわからない。という症状なんだけど、

 

例えば、何らかの理由で、生まれた時から安心できる環境がなかったりすると、わからないことに気づかないままになる。

 

国語で点が取れないイメージかな。何がいいのか悪いのか、基準がないからわからない。安心がないと、読解しようにも、正しさの基準が定まらないから、わからない状態が続くのだ。

 

この状況から解放されるには、海外へ行くのが一番だと思う。正しさの基準が壊れた状態から、全然違う考えの世界へ飛び込むことでようやく、バランスを取れるようになったりする。

 

この症状は、エンパスであるかどうか関係なく、出ている人がいるんじゃないかなと思う。気づいていないだけで、国語って難しいでしょ。正しさの基準がない状態って、要するに、「あの人が言うことは正しい」とかそういうことだから、揺れ動くのよな。

 

小さな時から、自分の周りにいる人が、しっかりと自分の考えを持っていれば、揺れ動かなくて済むけれど、そういうわけではないから、正しさの基準がない状態、それがすなわち日本語がわかっているようでわからないということが引き起こる。

 

3つ目、線を越えない、越えれない、越えようとすると魔王になる。

 

要するに空気を把握するのもうまかったりするから、その線を越えれない。これも自分なりの正しさがあって、それの範囲では越えれるんだけれど、正しさの基準がわからない世界だとルールの壁を越えれないという状態が続いたりする。

 

ヒエラルキー環境下で、下げ下げする環境だと、そのままルールの罠にはまってしまうから、上手くいかないし、ルールの壁を越えようとすると、エネルギーの流れに歯向かうっていうことだから、それこそ安心のない世界を具現化するような魔王みたいな感じになる。

 

 

といった感じで、3つだけれど、どれもこれも「安心」が軸になっていて、安心のある世界だと大体がポジティブになって問題ないし、安心のない世界だと大体がネガティブになって上手くいかなくなる。

 

 

最後に、これは、エンパスかどうかにかかわらず、程度問題だから、だれでもあることではあるんだけれど、エンパスいわれる人はそれがより顕著になるっていう感じになることを最後に書いておきたい。

 

エンパスで起こる隠れた症状だったよ。

 

じゃね!

こんにちは!
かえでです!

今日のお話はマイノリティについて!

 

マイノリティってさー、色々カテゴリ分類あるけれど、一つぐらいだと大体なんとかなるっていうか、割とみんなというのかな、、

 

セクシャルマイノリティも、今はLGBTなんていうみんなが使ってくれる、良い言葉があるんだけれど、私たちが一番悩んでいた20代の時とか、性同一性障害っていう名前だったから、それはもう全然呼ばれ方も違うし、名乗りやすさも違った。

で、LGBTにしろ、性同一性障害にしろ、マイノリティにカテゴライズされる要素が一つぐらいだと、実は、問題らしい問題があっても割とすぐ終わるっていうか、、

私は1985年生まれで今36歳だけれど、20ちょいちょいの時とかって、周りにも同じようなMtF(Male to Female)の性同一性障害の人とか見てたけれど、親子関係がしっかりしている人は、ほとんど悩まずに、スルスルスルってのぞみの性別で溶け込んでいった。

 

私は、もう性同一性障害の問題以前に、親子関係においては、新しいことは全部反対のための反対みたいな感じだったから、そりゃもういばらだった。
それでも、私はLGBT要素を持って生まれた年代的にはマシで、さらに10歳上ぐらいの世代だともうそれは大変な感じだった。ニューハーフクラブにしたって、みんな逃げ道ない中で仕事してるから、すごい古いタイプのルールが残っていたりした。

 

だから、セクシャルマイノリティの最大の問題は、本人自身というよりは、親子問題のウェイトの方が大きい。次点で友人関係。

 

性別違和とか抜きにして、マイノリティっていうことで気を遣われたりすること自体が嫌だったり、男から女にトランスするなんて逃げているだけだろ、とか、自分自身の中の嫌だ要素が、性別違和問題以外にもへんてこりんなカルマ的要素が色々あったから、トランスするのに、すごい遠回りした自覚がある。後から気づいたことだと、エンパスだったから、そもそも他人のルールで働くと上手くいかないとかもあったっけ。

この辺なければスルスルすると行ける。だから、マイノリティ要素が少なければ少ないほどスルッと問題なく生活できるのだ。

 

 

結局、何が言いたいかっていうと、そもそも、マイノリティ要素がない人なんていないし、みんながみんなそれぞれマイノリティっていう自覚があるだけで全然違うっていうか。

 

LGBTも広げていくと、LGBTQQIAAPPO2Sになったり、色々あるから、結局、性別=名前みたいになるのよ、人の数だけ性別がある。

 

 


同調圧力っていうのは、必ず多数派がいて、少数派は多数派に合わせなければならない、みたいな理屈やん?

でも本当はみんな少数派なんだよって。
みんながみんな少数派という前提に立った時の社会になると、いろんな問題がクリアになっていくからさー。

 

マイノリティが世界で愛を叫ぶ だったよ!
じゃね!

 

 

こんにちは!
かえでです!

今日のお話は、男性性女性性と純度の話。

 

男性性は与える力です。
それに対し、女性性は受け取る力です。

自分自身の持つ、男性性の力、女性性の力がうまく回転すると、男性性により与えたあと、女性性により受けとる。

それは自分自身の中でもそうだし、誰かとの関係においても、そう。

 

男性性の力が強まれば、たくさん与えることができるようになり、

女性性の力が強まれば、たくさん受け取ることができるようになる。

ただここで問題にしたいのは、単に、たくさん与えればいいって物でもないし、たくさん受け取ってもいいって物ではないということ。

 

与える量が増えれば増えるほど、受け取る量が増えれば増えるほど、不純物が混じりやすくなる。

たくさん与えれば、これだけ与えたのに・・・という気持ちが混じりやすくなるし、
たくさん受けとれば、こんなに受け取って・・・という気持ちが混じりやすくなる。

 

男性性と女性性、純度が上がれば上がるほど、より与えたことに対し、受け取ったことに対し、ひもがつかなくなっていく。

 

与えたから見返りに・・・

受け取ったからお返しを・・・

 

などなどひもがつきがちだけど、

 

本来の男性性、女性性は

男性性はただ与えただけ、

女性性はただ受け取っただけ

 

なのだ。

 

そこにひもはない。

 

ただ与えたいから与える。

ただ受け取りたいから受け取る。

 

 

男性性と女性性より純度が上げていくと・・・ だったよ!
じゃね!