再建手術の振り返りです。
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5/22 術後1日目
HCUでの夜は、看護師さんが定期的に傷口&お胸の血流音チェックや点滴交換に来てくれたり、血圧計の腕帯が一定感覚で圧迫されたりで、ぐっすり眠る事は出来ませんでした。
早朝にウトウトし始めたのですが、
「おこじょさん、血圧がかなり低くなってますが大丈夫ですか??」
と、部屋に入ってきた見知らぬ男性に起こされました。
私の容体をモニタリングしてくれていた担当の方だったんですが、いきなり起こされて、すぐにリアクションできない私。
しかも術後から、声が出なくなってたので会話が成り立たちません![]()
話を聞くと、どうやら血圧が85まで下がったので慌てて来てくれたらしいのですが自分的には異常なし。
なんなら、いきなり起こされて頭がスッキリしたくらい 笑
ていうか、こういうのって医師か看護師に報告するもんじゃないの??
結局、担当看護師に連携されその後、担当医師に連携されたのですが、80を切るまで様子見となりました。
そして朝8:00
朝食の時間
術後初めての食事です。
が、お腹が減ってるのに食欲はなし。
食事を取るためにベッドの角度を変えて体を起こしたのですが、それだけで疲れてしまい食事前からぐったりです![]()
用意された食事は五分粥と裏ごしされた原型のないおかずに、お麩の味噌汁。
↑へろへろな状態で撮った写真。
いわゆる低残渣食ですが、食べてみると食材が判らずペースト状なのでどうも旨みを感じない。。(´・ω・`)
もともと食欲がなかったのもあり、半分も食べれずギブアップ!
この低残渣食、この日からきっちり3日間続きました。
うちの病院、一般食でも白米の量が多くてバランス悪いなと思ってたんですが、お粥の量もしっかり多かった。
味の良く判らないおかずに、大量の五分粥地獄。
なもんで、入院前半の食事が入院中の嫌な思い出にランクインしたのでした ![]()
食事の後、歯磨きまで何とかやり遂げ、お口すっきりに ![]()
やっと何とか落ち着いたな〜って思ってたら、一般病棟への移動する連絡がきました。\(^o^)/
そこで聞かれたのか、
「ストレッチャーで移動しますか?それとも車椅子で移動しますか?」
の二択問題。
手術翌日。ベッドのリクライニング機能で体を起こすだけでヒーコラ言ってる人間に車椅子はハードルが高い ![]()
もちろんストレッチャーを選択し、その日のお昼過ぎに一般病棟に移動となりました。
一般病棟といっても元の4人部屋ではなくナースステーションの横にある個室への移動です。
個室だけど、差額ベッド代はなし![]()
しばらくはここで経過を見て、最終的に4人部屋に戻る予定です。
個室に移動後、血圧計の腕帯と右手の指のパルスオキシメーターは外れたので少し身軽になりました ![]()
が、まだドレーン3個・硬膜外麻酔・点滴2個と尿道カテーテルが繋がれていています。
加えてフットポンプも装着されたので中々な重装備です。
ここから退院まで徐々に外れて身軽になっていくのですが、最初は邪魔で仕方なかったなぁ![]()
部屋を移動した後は、特にイベントはなし。
看護師さんが定期的に熱・血圧の測定と傷跡・胸の血流チェックに来てくれるのだけど血圧がなかなか上がらず、88〜77の間を行ったり来たり。
(80切るまで様子見と言われたのに、77になっても特に何か処置される事はなかった
)
血圧が低いのもあって体がだるくやる事もなかったので、この日はひたすらウトウトしてたような気がします。
ただ、翌日は立って歩く練習をすると予告されていたので、気が重いまま術後1日目が過ぎていったのでした。
もう少しで術後3ヶ月になります。
お胸の状態ですが、最初横幅が広くのっぺりしていたのですが、かなり健側のお胸に形が近づいてきました ![]()
ただかなり柔らかくはなってきたものの、まだ硬い部分(特に傷周り)も多い![]()
これは、主治医から柔らかくなると言われているので大人しく待つしかありません。
そんなお胸の状態はこんな感じ。
手ブラ 笑
こうやって見ると下乳を綺麗に作ってもらえたなぁと思います![]()
そして傷はこんな感じ。
お腹と同じくまだまだ傷は目立ちます。
これも50代の代謝の悪さが原因か ![]()
そして皮島が大きい。
これ最初ショックだったんですよねぇ ![]()
皮島はいずれ取って縫い合わせる予定なのですが、それで胸の形が崩れないか不安もあります。うーん悩ましい![]()






