「お~!!変わらねぇな~!!龍平!」

 

武弘の第一声はそれだった。

 

武弘と寿弥は2人で年に1度か2度会っていたが、

三人で会うのは大学入学当初以来だ。

 

 


小中学校時代、三人はいつも一緒だった。

 

寿弥と武弘はいつも地元の不良連中とケンカしたり、

万引きしたり、バイクを乗り回したり等地元では

手が付けられない程の不良だったが、

それとは対照に龍平は体が弱く元々は

 

いじめられっ子だった。

 

 

 


小学校2年生の頃、

ランドセルの代わりに母親から買って貰った

新品のリュックサックを背負って帰っている途中に

上級生4人に絡まれて、

物珍しい新品のリュックを取り上げられた事があった。

 

それを必死に取り返そうとしたが、

体の大きい上級生に逆に突き飛ばされたり、

蹴られたりしてしまった。

 

上級生達が龍平のリュックを

水溜りに投げ捨てようとした時、

小さな少年達が大声を上げながら走ってきた。

 

 


クラスは違う2人だが、

学年では有名な悪ガキで

いつもいつも先生に怒られている所を龍平も見ていた。

 

言葉にならない何かを叫びながら、

一人は何の躊躇もなく上級生の顔を殴り、

一人は体の大きい上級生をいとも簡単に投げ飛ばした。

 

上級生2人が倒れこむと、

隙を見せずに3人目の上級生の顔をまた殴りつけた。

完全に怯えている最後の1人を

2人は獲物を狩るような目で追いこむと、

獲物は一足先に逃げ出してしまった。

2人にやられた3人も泣きながらその場を逃げ出した。

 


「よっしゃ!!俺が2人!!

やっぱり柔道よりボクシングの方が強いんだ!!」

 

2人を殴った少年が自慢げに言った。

 

「違うよ!!最後の1人は俺が投げるつもりだったんだ!!」

 

ボクシングと柔道、

どちらが強いのかという言い争いがしばらく続いた。

 

「あ、そうだ」

 

不意に思い立ったように少年は

少し土埃の付いたリュックを拾った。

 

「ちょっと汚れちゃったけど、

お前のリュックかっこいいな!」

 

恐らく殴った時に少し腫れてしまった

手にリュックを持ちながら龍平に差し出した。

名札には『いしいとしや』と書かれていた。

 

「お前、俺たちと同じ学年だろ?

年上だからってえばってる奴がいたら

投げ飛ばしちゃえばいいんだよ!」

 

『しまのたけひろ』と書かれた名札をした少年も笑った。

それ以来、龍平は二人と行動するようになったのだ。

 

待ち合わせ場所についた寿弥は少し息を切らしていた。

結局麻美の仕事が早く終わった為、

寿弥の方が遅れて到着したのだ。

二人はどちらからともなく、手を繋いで歩き始めた。

 

レストランは大通りから1本小道に入った所にあり、

外観は十分に2人を満足させるものだった。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

品のある男が2人を出迎えた。

 

「予約した石井です」

 

「お待ちしておりました。どうぞ」

 

爽やかな笑顔の男の後に続いて、

2人は期待を胸に膨らませた。

 

「すごいいい雰囲気だね」

 

2人以外の客もどこか上品な佇まいであり、

一層高級感を漂わせていた。

 

 

ワインを注文した2人は3周年の乾杯をして、

食事を始めた。

いつもと違う雰囲気のレストランで、

いつもよりずっと高級なワインや食事をしながらも、

2人の会話は会社の事や、友達の事、

今度どこに行きたい等いつもと同じような内容だった。

 

 

メインの料理を食べ終わった後、

寿弥は鞄から小さな箱を取り出した。

そして緊張で震える手でその箱をそっと開けた。

 

「まぁ・・・こういう場所で・・・

ってありきたりなのかもしれないけどさ」

 

いつになく歯切れの悪い口調で寿弥は言った。

麻美は箱の中の物を見つめ寿弥の一言を待った。

 

「結婚・・・してくれよ」

 

少し乱暴な口調が

寿弥の照れを表しているのは麻美にはすぐにわかった。

 

「もっと優しく言えないの?」

 

麻美のこの返事も照れ隠しだというのが

寿弥には分かって、2人は照れ笑いをした。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

少し顔を赤くした麻美がはっきりと返事をすると、

ウェイターがお祝いの言葉を言うと、

先ほどからチラチラと2人の事を見ていた周りの客が

微笑みながら拍手をした。

そのドラマの様な光景に

2人は少し戸惑ったのだが、結局は素直に喜んだ。

 

 

その後は2人で今後の事や、

両親への正式な挨拶、式や新婚旅行の事を話した。

この時の麻美の表情はとても幸せそうで

寿弥はそれを見ているだけで癒された。

締めのコーヒーも飲み終えると、

寿弥が会計を済ませてレストランを後にした。

 

 

 

「トシ?」

 

レストランを出て少し歩いたところで声をかけられた。

2人が振り返ると、

きっちりとしたスーツ姿で眼鏡をかけた男がこちらを見ていた。

 

「リュウ・・・か?」

 

寿弥が少し不安そうに聞き返すと、

男は嬉しそうに笑った。その笑顔を見て寿弥も笑った。

 

「久し振りじゃねぇかよ!」

 

寿弥が嬉しそうに握手を求めると、

男も嬉しそうにガッチリと寿弥の手を握った。

興奮状態の2人が言葉にならない言葉で話しているのを

ポカンとして見ている麻美に気づいた寿弥が男を紹介した。

 

「杉田龍平。小学校の時からの友達でさ、久し振りに再会」

 

「はじめまして。杉田です」

 

今度は丁寧に手を差し出し、

麻美もそれに応えるように握手をした。

 

「今度武弘も誘って3人で飲みに行こうぜ」

 

「そうだな、連絡先は変わってないだろ?また連絡するよ」

 

 

そう言って、龍平は寿弥達とは逆方向に歩いて行った。


「山川さん、来週の金曜日研修やるから」

 

反りの合わない先輩からそう言われた。

 

その日は恋人の寿弥と付き合って3年目の記念日で

有名なレストランで食事をする事になっていた。

ただ、そんな理由で仕事を断ることなど出来るはずもなく、

不満に思ってるのを悟られないように返事をした。

 

 

麻美はこの年の4月に

有名な化粧品メーカーに就職した新入社員だ。

若い社員はデパート等での販売業務を義務付けられており、

麻美は横浜駅のデパートで販売をしていた。

 

早番と遅番に分かれていて、

当然のように金曜日は早番のシフトを入れていた。

早番は通常であれば、

朝8時から夕方5時までの勤務時間であり、

7時に予約したレストランに行く前に

優雅にカフェでのんびりするつもりだった。

しかし、研修は2時間弱行う為、

7時に予約したレストランは時間を変更せざるを得なかった。

 

そのレストランは有名であり人気も非常に高いので、

案の定予約時間の変更は聞き入れてもらえなった。

 

キャンセルか、

もしくは寿弥にレストランで待っていてもらうか悩んだが、

一人では決め兼ねたので、

結局結論は後日再度連絡するということで電話を切った。

 

そのレストランは二人で前から何かの記念に行こうと

言っていた所であり、食に関してうるさい二人にとっては、

記念日だからという事を口実にそのレストランで

食事をしてみたいと考えていたと言っても過言ではなかった。

 

寿弥のがっかりした顔が、

何よりも麻美自身を悲しくさせるので、

この事を寿弥に何と言うべきか悩みながら帰路についた。

 

 

 


「じゃあキャンセルして、別のレストランにするか。

 仕事じゃ仕方ないし、

 何かせっかくなのにバタバタするのはイヤだろ?」

あっけらかんと寿弥は結論を出した。

「いいの・・・?ごめん」

「いいも悪いもないだろ。

 せっかくなんだからゆっくり楽しみたいしさ、

 それにうまい所はそこだけじゃないし」

寿弥が麻美が悩んでいたのを呆れ笑うかのように言って、

すぐにパソコンに電源を入れて代わりのレストランを

探そうとした事で麻美の不安は全てとれた。

 

そのおかげで金曜日、

麻美は余裕を持って研修を受けられた。

恐らく予約を変更していなかったら、

今頃研修なんか頭に入らず、

後日先輩社員に説教を食らっていただろう。

 

研修が無事終わり、

同期の仲間で後片付けをしていると麻美と仲の良い加奈が声をかけた。

 

 

「今日デートなんでしょ?」

 

「え?あ、うん」

 

「やっぱりね。今日何か気合い入ってるし」

加奈が笑みを浮かべながら麻美の全身を舐めるように見た。

確かに麻美は今日の為に服を新調し、

珍しく時間をかけて紙にウェーブなんかもかけていた。

その突っ込みに恥ずかしくなった麻美は

苦笑いを浮かべるしかなかった。

 


「片づけは私がやっておくから麻美はもう行きなよ」

 

「えっ」

 

「こういう時はお互いさまでしょ?

 その代り今度私がデートの時に代わってね」

加奈はまたいたづらっぽい笑みを浮かべた。

麻美は加奈にお礼を言って、

急いで帰り支度をして会社を出て、寿弥に電話をかけた。