麻美が家にあった物と、

龍平が買ってきた物を使って創作料理を完成させ、

テーブルに並べ、

武弘が来る前に寿弥に言われた通り、

自分の分の食事を持って寝室に入った。

麻美を事件に巻き込みたくなかったのだ。

 

 

「で、どういう意味だ?

今のうちってのは・・・」

 

声色を変えた寿弥が聞くと、

武弘は厚焼き玉子を一口頬張った。

 

「まず凶器。

あれはやっぱり爪だったよ。犯人の爪だ」

 

「やっぱりそうだったのか」

 

「ただ・・・

爪といっても一言じゃ片づけられない。

その爪には・・・

トシ以外の血液が付着していなかった」

 

寿弥にはそれが何を意味するのか

分かっていなかったが、龍平が絶句した。

 

「そんなバカな」

 

少しバカにしたように龍平は言ったが、

武弘は無言で首を振った。

 

「鑑識もあり得ないと考えて徹底的に調べたらしい」

 

「ちょっと待てって!

何の事なのか全然わからねえ!

ちゃんと説明してくれよ」

 

珍しく熱くなりそうだった龍平を

制止しながら寿弥が聞くと、

武弘が一回深呼吸をした。

 

「・・・普通、

爪が剥がれたら自分の血液が着くだろ?

べったりとな。

その血液が発見されないってことは犯人に・・・」

 

武弘は言葉を詰まらせたが、

改めて寿弥の顔を見て言った。

 

 

 

「血が通ってないとしか言いようがない」

 

「じょ、冗談だろ?」

 

「な?笑えないだろ?」

 

武弘が自虐的に笑いながら言った。

 

「でもよ、

冷静に考えりゃ何かのトリックなんじゃねえのか?

そうでもなきゃ犯人はゾンビってことじゃねえか」

 

寿弥がそう言いながら

空になったグラスに焼酎を注いで2人に渡した。

 

「確かに、爪を一回剥がし、

何らかの薬品を使って洗浄すれば

犯人の血液はもしかしたら残らないかもしれない」

 

龍平は認めたくなさそうだったが、

非常に可能性の低い話をした。

 

「もし仮にそれだったとしても、

剥がした爪をわざわざ凶器に使う理由は何だ?

あんな長い爪、強度もほとんどないに等しい。

そんな物で人を殺せる訳ないって事は

考えなくても分かるだろ」

 

確かに一般的に考えれば、

爪の殺傷能力を肯定する為には、

適度な長さ且つ指とセットであって初めて成り立つ。

 

 

「犯人は・・・俺を殺すつもりじゃなかった」

 

寿弥が揚げ物を口に入れながら言った。

 

「いや、前から少し考えていたんだが

何で犯人は俺には噛みつかなかったのかなってな」

 

「確かに・・・

そういえば寿弥以外の被害者の

殺害方法は噛みつきだし、

他の部位に外傷はなかった」

 

武弘がはっきりと口にした。

 

事件解決に繋がるような問題ではなかったが、

そんな些細なことでさえ大きな発見に思えた。

それだけこの事件には謎が多すぎた。

それからも3人は些細なことから事件にアプローチした。

ちょうど同じころに

 

新たな被害者が狙われていたとは知らずに。

 

武弘から電話がかかってきた時、

寿弥はアングラサイトで

猟奇的殺人事件についてを調べていた。

 

まずは犯人の心理面からアプローチしていく為だ。

 

「トシを刺した凶器と唾液の成分結果が出た」

 

詳しい内容を聞こうとしたが、

電話ではまずい話なので結局会って話すことにした。

夜に麻美を家で一人にするのも、

逆に外出させるのも不安だった為、

寿弥の家で会議をすることになり、

夕方になるとすぐに武弘はやってきた。

 

「これ土産だ」

 

そう言って寿弥の好きな焼酎と

乾き物のつまみをいくつか買ってきた。

 

「酒なんか飲みながらでいいのか?」

 

「飲まなきゃ話せないさ。それくらいおかしな話だ」

 

そう言って武弘は鼻で笑い、

麻美に挨拶をしてリビングに腰掛けた。

まさか酒を飲みながら話すとは思っていなかったので、

何も用意していなかった麻美は

急いで何かを作ろうとしたが、

後に武弘を見送りがてら、

寿弥と外食をするつもりだった為

材料もほとんど何もなかった。

 

「ちょっと何か買ってくるよ。

まだ夕方だしいいでしょ?」

 

財布を取り、

出かけようとする麻美を止めたのは寿弥ではなく、

武弘だった。

 

「あ、いいんだ。

もう1人来ることになってて、

そいつが買ってくるからさ」

 

「もう1人?」

 

寿弥が驚いて聞き返すと同時にインターホンが鳴った。

ドアの前に立っているのは龍平だった。

 

「リュウ!?何で!?」

 

「なんだ、聞いてなかったのか。タケに」

 

「え?何がなんだかさっぱり・・・」

 

寿弥はとりあえず龍平を家に入れ、

まだ状況が掴めていないという表情で

龍平が買ってきた色々な食材や

惣菜が入った袋を受け取った。

 

「で、どういうことだよ?」

 

寿弥が焼酎のボトルを開けながら聞いた。

 

「リュウがこの事件専属の担当科学捜査官になった」

 

「えっ!?」

 

「この事件、

まぁ後で話すこともそれに含まれるんだが

奇怪なことが多すぎる。

専門家が専属して捜査に加わらなきゃ

解決は難しいという上の判断だ。

その上ってのは、俺の親父なんだが、

その親父が俺達の関係を知ってたか

知らなかったかは分からないが、

リュウを指名したんだ」

 

実際、武弘の父親の推薦がなくても、

龍平は非常に優秀な科学者であり、

何度も科学捜査研究所からのオファーもあった。

 

しかし、今まで龍平自身が研究したいテーマが

科学捜査とはかけ離れたものだったので

断り続けていたのだ。

 

「俺も今回の事件には少し興味があったし、

何よりトシが狙われた。

俺でいいなら引き受けるのは当然さ」

 

龍平が注がれた焼酎のグラスを

受け取りながら言った。

 

「それで今日タケから大体の話は聞いた。

警察内部に情報をリークした

可能性のある人間がいることや、

それによってトシがタケに協力して

捜査するようになったことも。

当然、俺もメインはこっちだ」

 

「何かすげぇ偶然だな・・・。

縁起悪いけど、何かワクワクしてきちゃったぜ・・・」

 

寿弥が溢れ出す何かを抑えきれないように

笑みをこぼした。

 

「確かにな。

俺もまさかこの3人で

捜査することになるなんて思わなかったし、

実際楽しみなのかもしれない」

 

龍平も少し笑みを浮かべたが、

武弘だけはピクリとも笑わずに寿弥が

渡した焼酎を一気に飲みほした。

 

 

 

「楽しいのも、ワクワクすんのも・・・今だけさ」

 

 

2人とは違う種類の笑みを浮かべて、

寿弥にグラスを差し出した。

 

武弘と一緒に捜査をすると決めた日の夜、

寿弥はその話を麻美にした。

 

当然、大賛成とはいかなかったが、

事情が事情であった為、

仕方なく麻美は返事をした。

 

それと同時に、

寿弥はしばらく休職することも決めた。

 

本格的に事件を調べるとなると、

会社での拘束時間が無駄と考え、

また仕事に身が入る訳もなかった。

 

幸い、2人には貯蓄もあったし、

しばらくは有給扱いで休みを貰えるので

今後2カ月位は今と全く変わらない生活を

することが出来た。

 

しかし、

そんな長期戦に持ち込むつもりなど毛頭なく、

寿弥自身は生活、

お金の心配は一切していなかったのだが。

 

 

 

次の日、寿弥は包帯を巻いたまま出社した。

本来なら包帯など巻く必要もないのだが、

休職の話をするには必要な小細工なのだ。

 

会社に着くなり心配する声や、

興味本位で質問をされたり注目の的になった。

 

いい加減うんざりした寿弥が一段落着いた時に

上司に相談を持ちかけた。

上司は神妙な面持ちで寿弥を応接室へ連れて行った。

 

 

「何と言っていいかわからんが・・・

とにかく大変だったな」

 

気まずそうに上司が言うと、寿弥は俯いた。

 

「部長・・・しばらく休みたいんです」

 

回りくどい言い訳を並べたり、

丁寧な言い回しをするより、

時には礼儀やマナーを度外視して単刀直入に

言ってしまった方が自分自身がかなり混乱し、

不安と必死に戦っているように映ると考えたのだ。

 

「まだ私だけだったらいいんです。

でも・・・私には今婚約者がいます。

もし・・・

彼女の身に何かあったらと考えるだけで・・・

とても仕事が手に着かないんです。

かといって、

彼女と24時間行動を共にするなど

出来る訳ないというのも分かってるのですが・・・」

 

自己中心的で矛盾していることも分かっている。

ただ、逆にそれが普段の憎たらしい程に

理論的な寿弥とのギャップを際立たせた。

 

「そうか・・・。

正直、石井には大いに期待をしているし、

抜けられるのも痛い。

だが、

会社が婚約者や石井を守ってやれる訳でもない」

 

上司は少し間を空けて、1人頷いて言った。

 

 

「役員には俺から報告しておく。

事件が解決したらまた戻ってこい」

 

 

とりあえず、交渉は寿弥の作戦勝ちだった。

夕方には役員の承諾も下りて、

その噂は一気に広まった。

 

退社時には色んな人に

励ましや同情の言葉を貰ったが、

寿弥はこれで捜査に集中出来ると思うと

晴れやかな気持ちだった。

 

しかし、

警察が必ず犯人を捕まえると意気込むのと

寿弥の気持ちは同じではなかった。

 

 

 

 

 

 

犯人は必ず殺す。

 

 

 

寿弥は社会経験で少しずつ丸くなったその牙を

再び鋭利なものへと磨きあげようとしていた。