被害者の篠田と寿弥は入社して以来、

同じ部署で寿弥の教育係でもあった。

 

篠田は元来温厚な性格で、

気が強く短気な寿弥とは正反対の性格だった。

その人格と仕事の能力は、

他人に敬意など滅多に示さない寿弥が

尊敬する程のものがあった。

 

それだけに何故篠田が殺されたのか・・・

寿弥はまだその混乱から抜け出せず、

また、その事実を受け止めることは出来ていなかった。

 

 

「寿弥、電話鳴ってるよ」

 

「あ、あぁ・・・」

 

麻美から携帯を渡されると、

ディスプレイには「タケ」の文字が。

 

「おう」

 

「トシ、いきなりであれなんだが・・・

篠田純一って知ってるよな?」

 

刑事である武弘からのその質問は

寿弥に現実を見させた。

 

「あぁ・・・やっぱり事実なんだな」

 

「少しその件でお前に聞きたい事が

いくつかあるんだが、今日時間あるか?」

 

「え、あぁ。まぁいいけど」

 

「じゃあ2時頃に迎えに行くから」

 

「分かった」

 

武弘の話す『聞きたい事』は何なのか、

寿弥には見当がついていた。

殺された篠田は普段どんな人物だったのか、

何か人に恨みを買うような噂を聞いたことはあるか、

その様な事だろう。

 

篠田の身元確認を行う際に、

勤務先を調べその会社に寿弥が勤めていることは

すぐに分かるはずだ。

だから、

今回は刑事として寿弥に電話してきたのだ。

 

それにしても何故篠田は殺されたのか。

しかも、

麻美の話では首を切り落とされて殺されていたと。

そんな無残な殺し方は通り魔や、

突発的な無差別殺人ではないと素人の寿弥でも

分かるようなことだ。

 

ということはつまり、

篠田は誰かが計画的に殺害したと推測される。

 

普段、会社で見る姿や仕事の後に酒を飲む限りでは

誰からも好かれる人間であり、

恨みを買うような人間ではないのは

誰もが口を揃えるだろう。

 

ようやく篠田が殺されたということに

実感を覚え始めた寿弥に、

会社から非常時用の連絡網を使って

既に知っている事実を聞かされた。

 

殺人事件に巻き込まれたという事実を

伏せる代わりに、通夜や葬式の日取り、

場所を知らされ、

寿弥もまた次の人間に連絡を回した。

 

何となく暗い気分で麻美と昼ご飯を済ませ、

夕飯の買い出しから帰って来ると

武弘と約束した2時になろうとしていた。

 

出かける準備をしていると、

少し早めに寿弥の携帯が武弘の到着を知らせた。

 


目の前は野次馬でごった返していて、

とてもじゃないが中の様子は伺えなかった。

 

いくらあれだけ警察が対応していようと、

寿弥は実際に麻美の姿を目にするまでは

安心出来なかった。

そんな気持ちを落ち着かせる為に、

煙草に火を点けてゆっくりと吸い、

麻美に電話をかけてみる。

 

しかし、当然なのか寿弥の耳に響くのは

空しいコール音だった。

大人しく武弘の言ったとおりに待つことに

覚悟を決めた矢先に寿弥の視界に麻美の姿が映った。

それに気づいた麻美も安心した顔をして走り出す。

 

「ごめんね、せっかく飲んでたのに」

 

「ううん、心配したよ」

 

少し遅れて由美の存在に気付いた寿弥が挨拶をすると、

三人で駅の方に向かった。

特に会話もないまま、

由美がタクシーに乗るを見送る。

 

二人で電車に乗っていても特に会話もなかったが、

片時も寿弥の手を離さない麻美の姿が

現場の恐怖感を物語っていた。

 

それだけにタクシーとはいえ、

一人で帰してしまった由美に対して

少し申し訳なく思った。

 

結局二人は家に帰っても事務的な会話しかせず、

今日あった事に触れない様に、

何もなかったかの様に眠った。

 

 

 

翌朝、

寿弥は龍平と武弘に感謝のメールを

送ってキッチンに立った。

 

いつもはキッチンになど、

まず立たない寿弥だったが、

昨夜麻美が夜中に何度も目を覚ましていた

(恐らくうなされていた)事に気づいていたので、

麻美を起こす気にはなれなかったのだ。

 

慣れない手つきで

麻美の倍近く時間をかけながらも、

何とか朝食の支度を終えると、

麻美を優しく起こした。

 

すっかりと元気を取り戻した麻美は

いつもの笑顔で挨拶と朝食のお礼を言った。

 

朝食時決まった様にニュースを点けると

昨夜の怪事件をどこの局も報道している。

寿弥は麻美の様子を伺ったが、

特に怯えている感じはなく、

むしろ事件に興味を示しているようにも見えた。

 

映像には昨夜麻美が

由美と訪れたレストランの外観が映り、

画面下に被害者の名前と年齢が出された。

 

「被害者 篠田純一 47歳」

 

いつもは元気で明るいイメージのアナウンサーが

淡々と厳しい声色で被害者の名前を読み上げると、

寿弥はテレビを二度見した。

 

「ちょっと寿弥、フォーク落ちたよ?」

 

麻美の忠告にも反応しない寿弥を見て、

仕方なく麻美がフォークを拾おうとする。

 

 

 

「・・・てる」

 

「え?」

 

ぼそりとつぶやいた寿弥に聞き返した。

 

 

 

 

 

 

 

「知ってる・・・」

 

 

 

 

 

 

被害者は寿弥の会社の上司だったのだ。

 

久し振りの再会に懐かしい学生時代の話で

盛り上がっている飲み会の終わりを告げる電話が鳴った。

 

「悪い、仕事の電話だ」

 

そう言って、武弘は席を立ち、

少し寿弥達から距離を取った。

 

 

「島野です」

 

「桜木町で殺人だ」

 

武弘は電話に出る前から

何となく嫌な予感がしていたので、

あまり驚きはなかった。

 

「わかりました。15分程で行きます。

詳しい場所はメールでお願いします」

 

「島野・・・例の猟奇殺人かもしれん」

 

それを聞いた武弘に緊張が走る。

 

 

 

2人のいる席に戻ってきた武弘は

すっかり刑事の顔をしていた。

 

「すまん!

事件があって呼び出し食らっちまった!」

 

「あぁ、っていうか本当に刑事なんだなお前」

 

武弘の緊張感をよそに龍平が少し苦笑いをした。

 

 

「タケ・・・その事件って桜木町か?」

 

携帯を見ながら寿弥が顔を上げずに聞いた。

少し様子がおかしい。

 

「え、何で?」

 

「桜木町のメリーズって

レストランじゃないのか?

彼女がそこにいて今警察の到着を待ってるらしい」

 

「え!?」

 

龍平が今度は本気で驚いた。

 

 

「・・・・現場に今からタクシーで行く。

お前も来るか?」

 

寿弥は黙って龍平を見た。

 

「何考えてんだよ、早く行けって!」

 

「・・・あぁ、行く!」

 

 

 

寿弥は武弘の後に続いて急いで店を出て

すぐにタクシーに乗った。

 

「あまり心配するな。

交番勤務が既に現場に着いてるし、

犯人がそこにいる訳でもないんだ」

 

その言葉に寿弥が少し安心したのが、

武弘にも分かった。

 

「大変なんだな。

オフもオフとは言えないじゃねぇか」

 

「あぁ・・・

割に合わない仕事だよ本当に」

 

それが本心かどうかは

寿弥には分からなかったが、

それ以来2人は口を開かなかった。

無言の2人を乗せたタクシーは

寒くなり始めた夜の横浜を走った。

 

 

 

現場に到着すると、

既にパトカーが何台も止まっていて、

野次馬ができていた。

 

「店の客の誘導がもう始まってる。

お前はここにいろ、麻美ちゃんには伝える」

 

そう言うと武弘は

胸ポケットから警察手帳を出し、

野次馬を掻き分けて店へと向かった。

 

 

 

 

 

その頼もしい後姿を、

寿弥は眺めていることしか出来なかった。

 

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