次の日、

寿弥は朝から何となく憂鬱な気分で通勤電車に乗った。

 

自分が殺人犯に命を狙われている。

それも理由が分からずにだ。

寿弥にとってこれは怒りでもあり、

味わったことのない恐怖感でもあった。

 

当然、犯人が自分を狙っているのであれば、

恋人である麻美も標的になりかねない。

深読みをすれば、

篠田の死体が発見されたレストランで麻美が

食事をしていたことも偶然ではないのかもしれない。

 

麻美には武弘に聞いた話は一切しなかったが、

夜は早く帰ることと、

自分の身の安全には

細心の注意を払うことを約束させた。

 

頭からそのことが消えないまま会社に着くと、

全社員に重苦しい雰囲気が漂っていて、

普段なら寿弥が出社する前から

黙々と働いている社員もぼんやりとデスクに座って、

目の前のパソコンをただ眺めていた。

 

 

それだけ篠田の死は大勢の人間に影響を与えたのだ。

 

始業時間前に緊急朝礼が行われ、

社長から篠田が殺人事件に巻き込まれた事と、

終業後に全社員で篠田の通夜に

参列するという話があった。

 

中にはその最中に泣き出す女性社員もいて、

とてもじゃないが

仕事をしようという雰囲気ではなかった。

 

 

結局、

この日は皆覇気もなく仕事を作業的にこなし、

普段口うるさい上司も

この日ばかりは気の抜けている社員に

怒声を上げなかった。

 

寿弥も気持ちは同じだったが、

篠田が殺害される直前に

自分のメモリを開いていたという事実が、

逆に寿弥の気をしっかりと保たせていた。

 

 

 

仕事を終えた人間から順番に

篠田の通夜に向かった。

 

寿弥は同期の沢井と電車に乗った。

 

 

「怖いよな・・・本当に。

あんないい人まで殺されちゃう世の中なんてさ」

 

「あぁ・・・」

 

「石井なんて

特に篠田さんとは仲良かったもんな」

 

「・・・あぁ。尊敬してたよ。ずっと」

 

 

通夜の会場では元々手伝う予定になっていた

女性社員が受付や案内の係をやっていて、

寿弥達も軽く挨拶をして建物の中に入って行った。

 

入口付近で篠田の奥さんに呼び止められた。

寿弥は何度か篠田の自宅に招待されて

酒を飲んだこともあるので、

奥さんとの面識もあったのだ。

 

「篠田さん・・・

この度は、本当に・・・」

 

その泣き腫らした顔を見ると

寿弥はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。

 

「来週ね・・・あの人の誕生日だったのよ。

その日・・・金曜日だからって、

石井さんを招待して・・・

朝までとことん飲むんだって・・・

楽しみにしてて・・・」

 

そう言うと篠田の奥さんは泣き崩れた。

それを聞いた寿弥も

篠田の気持ちと無念さを考えると、

今にも涙がこぼれそうだったが、

ここで涙や弱さを見せるのは、

篠田の生前に教わってきたことと矛盾した。

 

 

 

 

「泣く暇があったら俺の無念をはらしてくれ」

 

そう怒られるような気がした。

 

「どういう意味だ?」

 

怪訝な顔で寿弥が聞くと、

武弘は慌てて答えた。

 

「いや、お前を疑ってるとか

そういう話じゃないぜ?むしろその逆だ」

 

「逆?」

 

「ああ。

お前が狙われるかもしれないってことだ」

 

武弘の話す雰囲気から

それが冗談だとはとても思えず、

むしろその危険が

すぐ先に迫っているかのようにすら思えた。

 

「何でだよ・・・

誰かに殺されなきゃいけない程・・・」

 

「そうなんだ。

そんな恨みを買うようなことはしていない

・・・そんなこと言い切れないんだ。

お前も、俺も」

 

寿弥は学生時代の自分の行動を振り返っても、

思い当たる出来事や人物が多すぎた。

  

「その警告で来たのか?」

 

「もちろんそれが第一だが、

お前と篠田純一の関係についても詳しく聞きたい。

さっき言ったように誰かが

お前を恨んでいるのなら、

篠田純一が殺される理由は見当たらないからな。

それにな・・・話していいものか微妙なんだが・・」

 

言いにくそうに目を伏せたが、

すぐに目線を寿弥に戻した。

 

「前にも同じような事件が起きてるんだ。

それもつい最近」

 

寿弥は会社のパソコンで見た

女性殺害のニュースを思い出した。

 

「ああ、それなら俺も知ってるよ」

 

「なら、話は早い。

被害者2人には関係性を結びつけるものは、

何もなかった。

つまり縁もゆかりもない者同士ってことだ。

だが、殺害方法は同じだった」

 

「殺害方法?」

 

「2人共首をやられてた。

しかも・・・

首には犯人のものと思われる唾液が付着していた」

 

「唾液・・・ってまさか・・・」

 

「そう・・・

噛みちぎったとしか思えない」

 

2人の間にわずかな沈黙が走る。

 

「ドラマ・・・みたいだな」

 

「ああ。信じがたいが事実には変わりない」

 

しばらく重苦しい雰囲気は続いたが、

寿弥は篠田に関することを知る限り全て話した。

 

「悪いな、大した手がかりにならなくて」

 

「いやそんなことはない。

それよりもくれぐれも身の安全には気をつけてくれよ」

 

「あぁ、分かってる」

 

武弘が伝票を手に取り、会計を済ませた。

寿弥を家に送るその車内でも

どこか緊張感が漂っていた。

  

「悪いな、休みの日なのに」

 

武弘は警察署ではなく、

客の少ない喫茶店に入った。

 

その中でも周りに誰もいない奥の席に座った。

そこなら話を周りに聞かれる心配もない。

 

 

「いいよ、俺も気になるし」

 

少し黙った後に武弘が口を開いた。

 

「ニュースで知ってると思うが、

昨日の殺人事件の被害者は篠田純一・・・・・

お前の会社の社員、だな」

 

「あぁ、聞いた」

 

「今日お前に聞きたいのは・・・」

 

少し間があったので、

武弘が言いにくいのかと思い寿弥が先に言った。

 

 

「普段の生活ぶりや、

他人に恨みを買う性格かどうかだろ?」

 

「え?」

 

驚いたように武弘が顔を上げた。

 

 

「残念ながら警察の役に立つような情報はないぜ。

あの人は本当にいい人だったし、

他人に恨みを買うような人じゃ」

 

言いかけた所で武弘が寿弥を遮った。

 

「いや、違うんだトシ」

 

「え?」

 

今度は寿弥が驚いた。

 

「いや、もちろんそういう話も重要なんだが

・・・今日聞きたいのはそれじゃない」

 

「・・・なんだよ」

 

「言いにくいし、

他言しないで欲しいんだが・・・

殺された篠田純一は手に携帯電話を持っていたんだ」

 

少し間があったのだが、今度は口を挟まなかった。

 

「その時の画面が・・・

お前のメモリナンバーだったんだ」

 

「・・・え?」

 

「つまり、警察では篠田は殺される

ギリギリにお前に電話をかけようとしていた可能性、

または何らかのメッセージであるとして、

石井寿弥・・・お前が今回の事件に何らかの形で

関わっている可能性が高いと判断している」

 

 

武弘が何を言っているのか、

寿弥には理解できなかった。