「ライバルだ?笑わせんな」

 

寿弥は肩に置かれた手を勢いよく払った。

 

「お前が1度でも

俺に勝てたことがあったかよ?」

 

井川は苦笑いをして、

寿弥の横を素通りして中に入ろうとした。

 

「待てって言ってるのが

聞こえねぇのか?」

 

今度は寿弥が井川の肩に手を置いた。

 

「お前、何の用でここに来たんだ?」

 

そう言うと、

井川は篠田夫人をちらりと見て溜息をついた。

 

「俺はよ、今フリーのライターやってんだよ。

お前は知らねぇかもしれねぇが、

この殺人事件はちょっとした裏があってな。

じっくり調べてマスコミや新聞社に情報売って

一儲けしようと思ってんだよ。

大体、お前こそ何やってんだよ?」

 

「事件の裏って何だ?」

 

「言えるかよ。

俺の質問に答える気はねぇのか?」

 

「いつから俺にそんな口を

聞けるようになったんだ?

とりあえず外出ろ」

 

寿弥の迫力に

完全に気圧された井川は舌打ちをして、

大人しく外へ足を向けた。

井川の部下らしき男は

不思議そうに2人の後を追った。

 

 

 

「お前の知ってる裏ってやつを話せ」

 

「おいおい、

お前さっきから大人しく聞いてりゃ

なんなんだよ?」

 

井川の部下らしき男が寿弥の目の前に立ち、

睨みを利かせたが寿弥は顔色1つ変えずに

その男の目をまっすぐ見た。

 

「やめろ」

 

井川がすぐにそれを制して、

今度は諦めたように溜息をついた。

 

 

「俺が話す前に1つ教えろ。

何でお前はここにいる?

俺の握ってるネタは金になる。

お前がもしそれを使えばお前が儲けることになる。

いくらなんでもそれは勘弁してもらいたい」

 

「・・・安心しろ

俺は篠田さんの部下。個人的にも交流があった。

だから・・・この事件に何か裏が

隠されているのならそれを知りてえんだ。

別にそのネタを使って金を掴もうなんざ、

これっぽっちも考えてねぇ」

 

「へぇ・・・なるほど。

そういう訳ならいいだろう・・・教えてやるよ、

俺達がここにいる訳を」

 

井川はそう言うとポケットから

タバコを1本取り出して火を点けた。

 

 

「まずこの殺人事件は連続殺人事件。

2件目のな。1件目は・・・」

 

「ちょっと待ってくれ。それはいい。

1件目はこの前女の人が殺された事件だろ?

同じように首をかみちぎられて」

 

井川が寿弥がそれを知っていたことを

不思議に思ったのは当然だ。

殺害方法や連続殺人事件であることは

まだ世間には公表されていないのだ。

 

 

「・・・知ってるのか。

まぁ多少引っかかるがいいだろう、話は早い。

おもしろいのは

ただ単に首を噛みちぎられたんではないという所だ」

 

おもしろいという表現に多少反応したが、

寿弥は黙って聞いていた。

 

「今回、被害者の篠田は

首の骨を噛み砕かれているんだ」

 

「それのどこがおもしろいんだ?」

 

「どんなに顎や歯が強い人間でも、

人間の骨なんか噛み砕くのは不可能だろ?」

 

「・・・何が言いたい?」

 

「何となく気付いたが、認めたくないのか?

ずばり言おう。犯人は人間じゃない。

そうとしか言えない」

 

寿弥の頭に僅かに過った考えを

井川ははっきりと口にした。

 

 

「そんなバカな・・・。

じゃあ熊やライオンに食われたとでも言うのか?

この都会のど真ん中で!」

 

「まぁ唾液の成分を詳しく調べりゃ

その辺は分かるんだろうが、

死体の状況を調べる限りじゃ生身の人間が

噛みちぎったと考えるよりはそっちの方が現実的だな」

 

そう言って井川は少し笑うと、

靴でタバコの火を揉み消した。

 

「今日は帰るか。

ただ、近いうちに篠田の奥さんには

必ず話を聞きに来る。

こっちもそれでメシ食ってる身なんでな」

 

 

井川の話があまりに現実離れをしているのだが、

どこか説得力があって

寿弥は黙って2人を見送るしかできなかった。

 

井川と寿弥は高校は違ったが、同学年だった。

当時、自分の高校はもちろん、

その一帯の地区の不良や暴走族を暴力によって

制圧していたのが寿弥と武弘だったが、

当然抵抗勢力も後を絶たなかった。

 

その代表的な勢力が井川の派閥だった。

 

寿弥の派閥はとにかく喧嘩が好きで、

暴力こそ全てだと考えてはいたものの

喧嘩以外の悪事にはまるで興味を持たなかった。

無駄に群れる事を嫌い、

各々がスポーツをしたり、

カラオケやゲームセンターで遊んだり、

勉強をしたりする者もいた。

 

寿弥の元に集まる人間はそんな彼の人格や

圧倒的な喧嘩の強さに憧れる人間がほとんどだった。

 

 

一方で井川の派閥は、喧嘩の他に、

無抵抗な弱者からの恐喝、無差別な器物損壊、

レイプ、ドラッグ、暴走行為等

思いつく限りの悪事を働いた。

 

暴力で圧倒的な力を示し、

弱者をいたぶることや

単なる迷惑行為を極端に嫌った寿弥派と、

暴力や脅しを楯に様々な悪事を働き、

寿弥派を偽善者と呼んでいた

井川派は真っ向から対立した。

 

 

中でも寿弥と井川の仲は最悪に悪かった。

 

お互いの派閥が巨大化するまでは、

目が合えば殴り合いをしていた。

しかし、結果はいつも寿弥の勝ちで

井川は懲りずに何度も入院した。

 

 

そんな日が1年弱続いたある日、

1対1の力勝負では

寿弥に遠く及ばないとついに認めた井川は、

恥を覚悟に仲間を10人集めて寿弥を罠にはめた。

 

たった1人で10人を

相手にするのはさすがに無理で、

寿弥は体の各所を骨折し、

完治に半年を要する大ケガを負わされた。

 

当然、

ついに寿弥を倒し頂点に立つはずの井川だったが、

実は寿弥を罠にはめた時に

集めた10人の仲間の内8人が

病院送りにされていたのだった。

 

寿弥の強さを改めて思い知らされた井川は

すぐに頂点に立つことはせずに、

寿弥が戻ってくるまでに出来る限り仲間を増やし、

寿弥派からの復讐を受けないように

常に群れて行動していた。

 

しかし、そんな考えも空しく、

ついに井川が溜まり場としていた廃ビルに

完治した寿弥と武弘、

それと仲間2人のたった4人で現れたのだ。

 

約半年間仲間を集め続けた井川の派閥は

30人を超える大所帯となっていたが、

狂気じみた4人の強さに

完全に歯が立たなかった。

 

 

 

そして井川は最後に、

 

 

「次は首か?」

 

 

そう言って、ナイフで思い切り額を切られ、

不敵な笑みを浮かべて帰っていく寿弥に

初めて絶望感を味わった。

 

それ以来、井川は派閥を解散し、

寿弥を刺激しないように

無難な高校生活を送るようになったのだった。

 

通夜は篠田の死を悲しむ

大勢の人によって盛大に行われた。

寿弥は篠田の誕生日の話を聞いたからか、

どうしても最後に篠田の亡骸を目の前にして、

一緒に酒を飲みたかった。

 

それになにより、

夫の急死によって精神的に疲れ果てている

篠田夫人に後片付けなどさせたくなかったのだ。

 

たった3年弱だったが、

子供のいなかった篠田夫妻は

寿弥を実の息子の様に可愛がってくれたし、

親元から遠く離れて暮らす寿弥にとっても、

都会での両親とも呼べた存在だった。

 

 

参列者もほとんどが帰って行き、

片付けも終わりに近づいた時に

玄関で篠田夫人が誰かと

口論をしている声が聞こえたので、

寿弥は洗い終わった食器を置いて

すぐに玄関を覗いた。

 

玄関では明らかに篠田の通夜が

目的で来たとは思えないような

ラフな格好をした若い男が2人立っていた。

 

「奥さん、

いいからとりあえず中で話聞かせてくださいよ」

 

篠田夫人を押しのけて入ろうとする


目がチカチカする程明るい長髪の男の前に

寿弥が立ち、道をふさいだ。

 

「てめぇらなんなんだ?あぁ?」

 

寿弥が昔のように、

敵と判断した2人組を恐ろしい形相で睨みつけた。

 

「お前こそ何なん・・・ん?」

 

「あ?」

 

「お前・・・石井か?」

 

篠田夫人を押しのけて入ろうとした男の

後ろに控えていた男が言った。

 

その一方で、

丸刈りでヒゲ面、

額に大きな傷跡があるチンピラ風の

この男を寿弥は思い出せずにいた。

 

 

「俺だよ、井川だ」

 

井川という名前にしばらくピンと来なかったが、

少し間を置いて寿弥は思い出した。

 

「井川・・・ってあの井川か!?」

 

寿弥がすぐに分からなかったのも無理はなく、

寿弥が知っていた頃の井川は

長く真っ黒な挑発をオールバックにしていたのだ。

 

 

「昔のライバルを忘れるなんてひどいじゃねぇか」

 

そう言って井川は寿弥の肩に手を置いた。