人生に迷い何をしていいかわからないから脳みそを整理しよう -11ページ目

人生に迷い何をしていいかわからないから脳みそを整理しよう

幼い頃は死が怖くてしょうがなかった。
生きることに悩むうちに不思議好きも手伝って自然と精神世界に目覚める。
「スピリチュアル」が流行る前。
今の課題は「自分を愛すること」
自分を愛さなければ…この「〇〇しなければ」をクリーニング


底辺まで行って悩んできました。
宇宙人くん


先日、彼のおじいちゃんの話を聞いた。

ちょっとした話。

夜眠るときに「ぬくぬくして寝なさい」と言って布団をかけてくれたこと。
夜中に部屋にやってきて、布団をかけ直してくれたこと。

そこに、なぜかすごくリアルな愛情と優しさを感じた。

この愛情を受け取って、素直に育ったんだなあと思った。

羨ましさとかではなく、心の温まるエピソードだった。

自分の幼少期や、持っているもやもやした黒い思考を色々考えてみたら、私はただ、
「それでいいよ」
って言って欲しいことに気が付いた。



「それでいいじゃん。」
「がんばったね」
「つらかったね」
「ゆっくり休みな」



この世界は、壮大なラボなのだと思う。
エネルギーが生物として具現化され、個体差があり、循環があり、繁殖があり、知識や知性を持ち、
感情が生まれ、それによって様々な歴史を築いた。

善悪の判断すら時代の価値観による。

「私が悪い」なんて、本当に思わなくていい。

感情も思考も、時代の価値観どころかその時の自分の体調や気分に左右される。
冷静な判断だって、解釈の仕方はそれぞれ。

感情も思考も、本来の自分のものではないのかもしれない。
生きる上で身につけた価値観、常識、色んなものの影響を常に受け続ける。
ただ変わらない、本来の自分はどこにいるんだろう?

どんなことがしたくて生きているんだろう。




生きていく中で、「今のは私が悪い」とかそんなことを振り返るのは当然必要だと思う。

短く切り取った中では、自分を省みて反省したり落ち込んだりもしないといけないと思う。

でも、それを持ち続ける必要はないって知らなかった。
一度悪いことしたら、一生悪いような気がしてた。

私は寂しい子だった。

可哀想じゃないフリばかりしてきた。

上部だけの「自分を愛する」をしてきた。



「自分が悪い」って思うあまりに、
常に罪悪感と隣り合わせで
満たされていなくて
「なくなる・失う・減る・足りなくなる」ことが常に恐怖で
根底ではいつも「自分なんかが💦」って思ってる。


だけど、引き寄せの法則は宇宙の摂理なんだ。


私が「受け取る資格がない」と設定して生きている以上、そういう流れにしかならない。

そういうことなんだろうなあ





オリンピック、皆さんすごいですね。
メダルラッシュというのでしょうか。

私はもともとスポーツ観戦は好きではない方なので、ニュースでしか見ていません。
でも、見れば感動します。


だけど。


若い子の活躍がすごいですね。
だけど、素直に喜べません。

新しいスポーツに挑戦してすごいと思うし、
自分の道を持っていて素晴らしい。

だけど、

恵まれた環境に居てサポートを受けて、そりゃあ頑張れるよね。

というのが自分の本音。

今の若い子は蹴落とし合わずに自分のことを頑張れて偉い?
争わなくても良い時代に生まれたんだから、
そういう気持ちで生きなくて済んだし、
空気が読めなくても「そういう時代の子」で済ませてもらえるし。

余計なこと気にしなくていいんだから、
自分の道を頑張れるよね。


貧乏で、親のヒステリーで全てが否定されて、
いい子ちゃん症候群で生きた私は、
まだ私のこと癒せていないと思った。

恵まれた中に生きて結果を残してる人を見ると正直恨めしい。

「頑張る・無理する・精神的に追い込まれる・一生懸命工夫する」
これでやっとら何かを受け取れる。
そう思い込んでる。

どうしたらいいの?

いつまでたっても“豊かな思考”になれない。


例えば、突然お金に恵まれて、自分の好きなことばっかり出来るなら、そんな人たちのことも全く気にならなくなったりするんだろうか?


いろんな“豊かになるメソッド”的なものを見てきたけど、やっぱり思う。

自分に対して肯定的じゃないと、あらゆるメソッドは役に立たない。

私はまだ、自分の過去を
「そんなこともあったなあ。だからこそ今がある♪」
とは思えない。

今まで無理にそう思おうとしてきた。

だって、過去は変えられない。


将来が不安で不安で、相談する大人もいなくて。
苦しくて苦しくて、体に力が入らなくて。
自分を否定するヒステリックな声を聞きながら思考がぼんやりして。

悲しいときに泣けるのは、
優しいからじゃない。
純粋だからじゃない。

あまりにも苦しかったから、
人が苦しんでいるのを見ると一気に感情移入してしまう。
涙がぽろぽろ溢れてくる。
どうか、苦しくありませんように。


人には苦しんで欲しくないのに、
豊かに生まれて成功している人は恨めしい。


結局、苦しんで苦労してから、
そのあとに成功してもらいたいんだよね。
私はきっと。

豊かに生まれてきていたら、私だってきっとこんな歪んだ思考じゃなかった。

今までは「たられば」で考えても意味がないって割り切っているフリをしていたけど、

割り切ったフリをして思考停止していたから、何も前進出来ていなかった。


私だって、、、
豊かに生まれて、
お金の不安を刷り込まれる幼少期じゃなくて、
大人の顔色を伺うようなこども時代じゃなくて、
愛情いっぱいに育てられて、
友達にいじめられることもなくて、
家族の中でも損な役回りじゃなくて、
きっと仏様は見てくれてるからがんばろ!
なんてひたむきなこども時代じゃなくて
そんな、仏様のご褒美を待つようなこどもじゃなくて、
何か羨ましく思っては卑しい自分を恥じるこども時代じゃなくて、

容姿や才能なんかに左右されずに愛されていい

って思える、そんな土台を育てられる生き方してきたら


ますます豊かに生きること選ぶ人生に出来たわーーーー!!!!!!( ;∀;)


これが、私の本音だ!( ;∀;)

だって私、がんばったもん( ;∀;)


言い訳しても意味が無い。
今この瞬間から変われる。変わればいい。
今から自分の望みを選択すればいい。
本音で生きればいい。

だけど、それじゃ、
辛いながらに一生懸命生きてきた自分が浮かばれないよ。
本音を殺して今この瞬間から自分の思考を変えても意味がない。

そう。
ベースが違う。
豊かに生きることを選べる人とベースが違う。だから、同じようにしても無理。

まずはひたむきに耐えた続けた私をよしよししなくては。



本当に地道に、
スピリチュアルなインナーチャイルドじゃなくて、
リアルなインナーチャイルドと対話しよう。

私はまだきっと、「無条件の愛」を理解出来ていない。

衣食足りて礼節を知る。

私は衣食足りずに礼節ばかりを満たそうとした。
「満たされていない人」に見られたくなかった。
それでも親に食べさせてもらってきたのに、「衣食が足りていない」と言ってしまうのは失礼だと思い、本音を隠してきた。
だけど別に、ブログの中でくらいいいのではないか。

ほんとはもっと、可愛いお洋服が着たかったのかもしれない。
お下がりで我慢できるいい子な自分。
細かいことは気にしないカッコイイ自分。
贅沢言わない自分。

でも、本当はどうだったんだろう?
お金があって、地球のゴミ問題がなかったら?

可愛いワンピースを着て、キラキラしたアクセサリーを付けて、髪を伸ばして、赤いポシェットを持って。
ピンクや黄色のキャンディがたくさん詰まったプレゼントが欲しかった。
お人形はお顔が可愛くて髪が長くて羨ましかった。


いろんなことが羨ましかった。
羨ましいと思う気持ちは、はしたないかもしれないと思った。物欲しそうに見られるの嫌だ。
実現出来ることがないから、思考を変えるしかなかった。
なくても生きていける。
お金をかけないように生きる方法を見つけよう!


私は、自分の望みさえすり替えてしまっていた。




スピリチュアルに関する、時代の転換期というのか
ターニングポイントというのか、
そういうのは色々あったと思う。

私の中では2012年のアセンションと水瓶座の時代への突入が、
1番思い入れが強かった。

「何が起こるんだろう?」
「何をしておくべきなんだろう?」

アセンションや水瓶座の時代に関する情報を漁りまくっていたように思います。

肉体を置いてアセンションした、肉体ごとアセンションした。
男性性の時代から女性性の時代へ移るから、物質主義的価値観から心の豊かさが重要になる。
選民意識?なのか、選ばれし者だけがアセンションするのだと錯覚し、錯覚というか、そういう摩訶不思議な出来事に期待していた。


結局、何も起きなかったのだけど。

もしかしたら起きていたのかもしれない。
だけど、当時の私の思考回路や精神の成熟度では理解出来ていなかった可能性もある。

それから、アセンションはまだ続いてるとか
“何年に一度の〇〇”とかスピリチュアル的なイベントや転換期はいくつもあったように思うけど
あまりピンとこなかった。


そして、2020年12月22日の水瓶座のグレートコンジャクションを皮切りに、いわゆる「風の時代」が到来したそう。
この「風の時代」という言葉がなんとなく私の心にひっかかっていた。

調べてみると風の時代が持つキーワードは私が好きなものばかりだったラブラブ
・持たない自由を楽しむ
・フラットな視点
・見えないものに価値が集まる
感情的・心・共感力




他にも、AIやIT化と言ったキーワードが多いみたいで、これも詳しくはないけど興味のある分野。
昨年から無性にパソコンが欲しくて、でも勇気がなくてまだ買えてない情けない。

ただただ「スピリチュアルが好き!」で気になったアセンションではなく、

どうせ何もないのだと流してしまったその後の転換期でもなく、

せっかく心惹かれるこの「風の時代」に、のっかっていこうと、なんだか素直に思ってる。

小池さんの新年からのブログ



風っていえば

向かい風って実は

羽ばたくために

必要な風だったりします。

ほら、凧もそう。

風って言われたら

「あ、そういうことも

 あるかもね」

って、風に乗って

しまいましょう。


引用ここまで


最近、引越しして仕事探しとかでめっきり落ち込んだりしてた
(´;ω;`)
クラスターが発生して話がなくなっちゃったりして。


あー、私には何にもないんだな。
就活に強いスキルとか色々。
もーほんと、何にもない!
何かないと愛されないの?
このままで愛してる!

ってなったものの、やはり仕事が見つからずふとした瞬間には落ち込みの波がやってくることもあった。

だけど、その逆風に乗っていいんだ。

今までみたいに、頑張って風に乗る!風を味方にしてみせる!

みたいに平気なフリして無理するんじゃなくて

このままの私でふわっと逆風という風に乗っかってみよう。
ただの向かい風なんだよね。
不安になってしまって「豊かさ」がイコール「お金」になってた。
「ない、足りなくなるから、“欲しい”」
ってなってた。。。


小池さんのブログは、逆風のことを1番に伝えたい訳ではないと思うので、
是非読んでみてほしい豊かさのお話です(^ ^)