底辺まで行って悩んできました。
先日、彼のおじいちゃんの話を聞いた。
ちょっとした話。
夜眠るときに「ぬくぬくして寝なさい」と言って布団をかけてくれたこと。
夜中に部屋にやってきて、布団をかけ直してくれたこと。
そこに、なぜかすごくリアルな愛情と優しさを感じた。
この愛情を受け取って、素直に育ったんだなあと思った。
羨ましさとかではなく、心の温まるエピソードだった。
自分の幼少期や、持っているもやもやした黒い思考を色々考えてみたら、私はただ、
「それでいいよ」
って言って欲しいことに気が付いた。
「それでいいじゃん。」
「がんばったね」
「つらかったね」
「ゆっくり休みな」
この世界は、壮大なラボなのだと思う。
エネルギーが生物として具現化され、個体差があり、循環があり、繁殖があり、知識や知性を持ち、
感情が生まれ、それによって様々な歴史を築いた。
善悪の判断すら時代の価値観による。
「私が悪い」なんて、本当に思わなくていい。
感情も思考も、時代の価値観どころかその時の自分の体調や気分に左右される。
冷静な判断だって、解釈の仕方はそれぞれ。
感情も思考も、本来の自分のものではないのかもしれない。
生きる上で身につけた価値観、常識、色んなものの影響を常に受け続ける。
ただ変わらない、本来の自分はどこにいるんだろう?
どんなことがしたくて生きているんだろう。
生きていく中で、「今のは私が悪い」とかそんなことを振り返るのは当然必要だと思う。
短く切り取った中では、自分を省みて反省したり落ち込んだりもしないといけないと思う。
でも、それを持ち続ける必要はないって知らなかった。
一度悪いことしたら、一生悪いような気がしてた。
私は寂しい子だった。
可哀想じゃないフリばかりしてきた。
上部だけの「自分を愛する」をしてきた。
「自分が悪い」って思うあまりに、
常に罪悪感と隣り合わせで
満たされていなくて
「なくなる・失う・減る・足りなくなる」ことが常に恐怖で
根底ではいつも「自分なんかが💦」って思ってる。
だけど、引き寄せの法則は宇宙の摂理なんだ。
私が「受け取る資格がない」と設定して生きている以上、そういう流れにしかならない。
そういうことなんだろうなあ