まずは自分。オリンピックを見ても素直に讃えることが出来ない自分を考察する。 | 人生に迷い何をしていいかわからないから脳みそを整理しよう

人生に迷い何をしていいかわからないから脳みそを整理しよう

幼い頃は死が怖くてしょうがなかった。
生きることに悩むうちに不思議好きも手伝って自然と精神世界に目覚める。
「スピリチュアル」が流行る前。
今の課題は「自分を愛すること」
自分を愛さなければ…この「〇〇しなければ」をクリーニング


オリンピック、皆さんすごいですね。
メダルラッシュというのでしょうか。

私はもともとスポーツ観戦は好きではない方なので、ニュースでしか見ていません。
でも、見れば感動します。


だけど。


若い子の活躍がすごいですね。
だけど、素直に喜べません。

新しいスポーツに挑戦してすごいと思うし、
自分の道を持っていて素晴らしい。

だけど、

恵まれた環境に居てサポートを受けて、そりゃあ頑張れるよね。

というのが自分の本音。

今の若い子は蹴落とし合わずに自分のことを頑張れて偉い?
争わなくても良い時代に生まれたんだから、
そういう気持ちで生きなくて済んだし、
空気が読めなくても「そういう時代の子」で済ませてもらえるし。

余計なこと気にしなくていいんだから、
自分の道を頑張れるよね。


貧乏で、親のヒステリーで全てが否定されて、
いい子ちゃん症候群で生きた私は、
まだ私のこと癒せていないと思った。

恵まれた中に生きて結果を残してる人を見ると正直恨めしい。

「頑張る・無理する・精神的に追い込まれる・一生懸命工夫する」
これでやっとら何かを受け取れる。
そう思い込んでる。

どうしたらいいの?

いつまでたっても“豊かな思考”になれない。


例えば、突然お金に恵まれて、自分の好きなことばっかり出来るなら、そんな人たちのことも全く気にならなくなったりするんだろうか?


いろんな“豊かになるメソッド”的なものを見てきたけど、やっぱり思う。

自分に対して肯定的じゃないと、あらゆるメソッドは役に立たない。

私はまだ、自分の過去を
「そんなこともあったなあ。だからこそ今がある♪」
とは思えない。

今まで無理にそう思おうとしてきた。

だって、過去は変えられない。


将来が不安で不安で、相談する大人もいなくて。
苦しくて苦しくて、体に力が入らなくて。
自分を否定するヒステリックな声を聞きながら思考がぼんやりして。

悲しいときに泣けるのは、
優しいからじゃない。
純粋だからじゃない。

あまりにも苦しかったから、
人が苦しんでいるのを見ると一気に感情移入してしまう。
涙がぽろぽろ溢れてくる。
どうか、苦しくありませんように。


人には苦しんで欲しくないのに、
豊かに生まれて成功している人は恨めしい。


結局、苦しんで苦労してから、
そのあとに成功してもらいたいんだよね。
私はきっと。

豊かに生まれてきていたら、私だってきっとこんな歪んだ思考じゃなかった。

今までは「たられば」で考えても意味がないって割り切っているフリをしていたけど、

割り切ったフリをして思考停止していたから、何も前進出来ていなかった。


私だって、、、
豊かに生まれて、
お金の不安を刷り込まれる幼少期じゃなくて、
大人の顔色を伺うようなこども時代じゃなくて、
愛情いっぱいに育てられて、
友達にいじめられることもなくて、
家族の中でも損な役回りじゃなくて、
きっと仏様は見てくれてるからがんばろ!
なんてひたむきなこども時代じゃなくて
そんな、仏様のご褒美を待つようなこどもじゃなくて、
何か羨ましく思っては卑しい自分を恥じるこども時代じゃなくて、

容姿や才能なんかに左右されずに愛されていい

って思える、そんな土台を育てられる生き方してきたら


ますます豊かに生きること選ぶ人生に出来たわーーーー!!!!!!( ;∀;)


これが、私の本音だ!( ;∀;)

だって私、がんばったもん( ;∀;)


言い訳しても意味が無い。
今この瞬間から変われる。変わればいい。
今から自分の望みを選択すればいい。
本音で生きればいい。

だけど、それじゃ、
辛いながらに一生懸命生きてきた自分が浮かばれないよ。
本音を殺して今この瞬間から自分の思考を変えても意味がない。

そう。
ベースが違う。
豊かに生きることを選べる人とベースが違う。だから、同じようにしても無理。

まずはひたむきに耐えた続けた私をよしよししなくては。



本当に地道に、
スピリチュアルなインナーチャイルドじゃなくて、
リアルなインナーチャイルドと対話しよう。

私はまだきっと、「無条件の愛」を理解出来ていない。

衣食足りて礼節を知る。

私は衣食足りずに礼節ばかりを満たそうとした。
「満たされていない人」に見られたくなかった。
それでも親に食べさせてもらってきたのに、「衣食が足りていない」と言ってしまうのは失礼だと思い、本音を隠してきた。
だけど別に、ブログの中でくらいいいのではないか。

ほんとはもっと、可愛いお洋服が着たかったのかもしれない。
お下がりで我慢できるいい子な自分。
細かいことは気にしないカッコイイ自分。
贅沢言わない自分。

でも、本当はどうだったんだろう?
お金があって、地球のゴミ問題がなかったら?

可愛いワンピースを着て、キラキラしたアクセサリーを付けて、髪を伸ばして、赤いポシェットを持って。
ピンクや黄色のキャンディがたくさん詰まったプレゼントが欲しかった。
お人形はお顔が可愛くて髪が長くて羨ましかった。


いろんなことが羨ましかった。
羨ましいと思う気持ちは、はしたないかもしれないと思った。物欲しそうに見られるの嫌だ。
実現出来ることがないから、思考を変えるしかなかった。
なくても生きていける。
お金をかけないように生きる方法を見つけよう!


私は、自分の望みさえすり替えてしまっていた。