【#57 “SHADOW PHANTOMs” / Mar.1.0088】

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 地球連邦軍が密かに管理している、小惑星型基地の付近を、デュアル・アイの白い機体が飛ぶ。その隣には、青い機体が、寄り添うように追随している。新型機のテスト飛行だ。
「悪くない。」
機体各所のバーニアを細かくふかしながら、機体の向きをくるりと変えると、テストパイロットのヘント・ミューラーは満足そうに呟いた。
「この調整をベースに、明日は2号機のテストだ。アンナ・ベルクに伝えておいてくれ。」
 小惑星基地に向けて通信を送ると、了解、という愛嬌のある男の声で返事が入った。
「よし、帰投しよう。」
随伴する青い機体——ガンダム・ヴァルキュリアに通信を送ると、応じた涼やかな声の内容は、少し意外なものだった。
『同じコースを、もう一周、できますか?』
「……どうした?」
  新型機のテスト飛行だ。彼女に限って、まさか、ドライブ気分ではいるはずはないと思うのだが……。
『ヴァルキュリアとも、もうすぐお別れだから……。』
 そうだ。彼女は、機体に愛着を持つ方だった。ガンダム・ヴァルキュリアは、長年”ブルーウイング”で彼女が付き合ってきたジムがベースだ。彼女も、間もなく新型機に乗り換えるのだ。
 通信機越しの少し寂しそうな声を聞いて、ヘントは微笑み、機体をヴァルキュリアに寄せる。
「よし、規定のコースをもう一度回ってから、ドックに入る。今度はゆっくり飛ぼう。」
『了解、ありがとう。』
僅かに弾むような色を帯びたその涼やかな声を聞くと、ヘントはふっと微笑み、再び通信機に向かって呼びかける。
「……と、いうわけだ。もう少し飛んでから戻る。」
『了解です。付近に怪しい反応はありませんが、いざとなれば戦えるようにも調整してありますよ。」
「さすが”キッド”だ、いい仕事をありがとう。」
『じゃ、ごゆっくり、”デート”をお楽しみください。』
楽しそうに言って、それきり、愛嬌のある声は聞こえなくなった。

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 2人は、機体の顔を見合わせるようにする。モニターの向こうに互いの微笑みが見える気がした。
 そして、再び機体を推進させた。

 U.C.0088、2月22日、コロニーレーザー"グリプス2"を巡る戦いをもって、ティターンズとエゥーゴの抗争、後に"グリプス戦役"と呼ばれる戦いは一応の終結を見た。
 EFMPを離反し、エゥーゴに合流したヘント・ミューラーらは、一時グラナダに身を寄せた後、秘匿されていた小惑星基地"シャッテン・ブルーメ"に移動した。持ち込んだキャバルリーの改修が、実質の新型機開発に近い様相を帯び、戦備を整えるのに思いの外時間が掛かった。そのため、"メールシュトローム作戦"など、大規模な作戦には参加していない。
 だが、戦禍から遠く離れた、忘れられたような場所でひっそりと過ごすことは、皆の鋭気を養うのには、良いことのように思えた。少なくとも、ヘントにはそうだった。
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「EFF……結局、エゥーゴではない、てことよね?」
 ドックに並ぶ新型機、RSP-001SR強襲用ガンダム"イントルーダー"を見上げ、アンナ・ベルクが呟く。今の所、1号機はヘント、2号機はアンナがテストパイロットを務めている。間もなく、3号機の改修も始まる。1号機と2号機はほとんど仕様が変わらないが、3号機はガンダム・ヴァルキュリアのパーツも使い、少し様相が異なるものになるらしい。
 "グリプス2"を巡る戦いで勝利したものの、エゥーゴも主戦力に大きな損害を受け、弱体化している。右派ティターンズのペズンの反乱や、ジオン残党の地球圏での台頭など、まだまだ火種は絶えない。
 ティターンズという重しがなくなり、地球連邦正規軍も多少動けるようになったのか、ペズンの反乱には少数ながら鎮圧部隊を送っているらしい。
 アンナたちが再び正規軍に組み込まれ、残党狩りのための即応部隊として整備が進められているのも、つまりはそういう時代の流れなのだろう。
「悪いことしてるヤツらをやっつけるんでしょ?今までの仕事とあんまり変わんないよね。」
「まぁ、そうですかね……。」
アンナの問い掛けに、カイル・ルーカスも同意した。
「"第22遊撃MS部隊"……通称"シャドウファントム隊"か。」
カイルが呟くと、アンナがへらへらと笑いながら続ける。
「でも、名前が変わると印象変わるねぇ!なんか、任務からして、もう、"宇宙の始末屋"てかんじ。てれれー……てーれれっれーれれれれー……てれれれれー……って。」
「……前から気になってたんですけど、アンナ先輩って……。」
「なに?彼氏ならいないよ。今、フリーだけど?」
「それは知ってます。そうじゃなくて、サムライ・ムービー……えぇと、ジダイゲキ?お好きなんですか?」
 おお、と、アンナが嬉しそうな声をあげる。
「そうそう、若いのにハナシがわかるねぇ、カイルくん!お姉さん、嬉しくなっちゃうなぁ!」
「さっきの下手くそな歌、始末屋のやつですよね。」
「下手くそって失礼ね!」
愛嬌があるって言ってくんない?と、ひと腐れ言った後、続ける。
「そうだねぇ、オニヘーみたいのがタイプかな。モンド・ナカムラとかもいいよね。」
聞かれてもいない男の好みを語り出した。楽しそうなアンナを横目に、もう一つ、気になっていたことを尋ねてみる。
「……もしかして、ヘント隊長のこと、好きでした?」
「……!?なんでそうなんの!?」
「だって、オニヘーもモンドも、真面目でアツくて、不器用だけど、やる時はやるって、隊長みたいじゃ……。」
「ない!ないから!!ずぇっっっっったいない!!ていうかやめてくんない!?こんなとこで……。」
そもそもなんで、オニヘーとかモンドとか知ってんのよ、と、毒づく横顔は、僅かに頬が上気している。
 まあ、確かに無粋な詮索だ、と、カイルは思った。
「余計なこと考えてないで、あんたも隊長でしょ、シャキッとしなさいよ。」
「余計なことって、先輩が勝手に始めた話のせいでしょう……。」
 "シャドウファントム隊"は、MS3個小隊を主力に編成される。そのうちの1部隊、第2小隊を、カイルが率いる。
「アンナ先輩や、キョウさんを差し置いて……俺なんかが……。」
「いいんじゃないの。カイルくん、真面目だし、冷静だし、腕も度胸もある。いい指揮官になるよ。アイツみたいにね。」
自信持ちなって、と、背中をバシンと叩くと、くるりと背を向けた。
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「確かに、有望株ですよね……おぼっちゃん風だけど、顔も爽やかで悪くないわ。それに、わたし好みのベイビーフェイス!」
 "シャッテン・ブルーメ"内の士官クラブのカウンターで、チタ・ハヤミはロックグラスを片手で興奮気味に言った。話題はカイル・ルーカスのことだ。
「しかもほどよく年下!」
 アンナが煽るように合いの手を入れる。
「うわ、何で気づかなかったんだろ!やだ、なんかちょっと、意識しちゃうじゃないですか!」
「チーちゃん、そういうの、なんていうか知ってる?」
なんです?と、チタは首を傾げる。その顔は既に、酒気を帯びて上気している。
「最終回発情期(ファイナルファンタジー)。戦争がひと段落したからチーちゃんも当てられてんのよ!」
「なんですか、それ!」
言って、2人でゲラゲラ笑う。2人とも、酔っている。
「……ちょっと、飲み過ぎでは、2人とも……。」
 涼やかな声で遠慮気味に言うのは、僅かに頬を上気させた、"シングルモルトの戦乙女"だ。ハイボールグラスに添えられた左手の薬指には、指輪が輝いている。
「"ミセス・ミューラー"?本日は女子会ですことよ?遠慮は要らないんじゃなくって?」
 アンナが珍妙な口調で茶化す。
「"ミセス・ミューラー"かぁ……よかったねぇ、キョウ……。」
 チタがぐずぐずと泣き出した。
 キョウ・ミューラー。
 あの後、ヘント・ミューラーと籍を入れた。式のようなものは挙げていないが、手続き上はもう夫婦だ。そうなってから3ヶ月経ったが、チタは酒に酔うたびこの調子になる。
「わたしね、別にいいのよ、自分はさ、このままフリーでもさ……。」
ぐずりながら、チタはいつものフレーズを話し始める。
「わたし、キョウのこと大好きだから……きっとあなたの子どももね、溺愛しちゃうと思う。いいんだ、わたし、キョウの子どものこと大好きな、優しい親戚のおばさんポジションで頑張るから!もう、なんでもしてあげちゃう!心から溺愛しちゃう!」
「ちょっと、諦めんの早いから!あたしならともかくさぁ!」
 また、2人でゲラゲラ笑い出す。
 まだ、予定はないんだけど、と、キョウは小さく呟いたが、2人ともまったく聞いていない。
「今日は、ちょっと失礼しますね。」
 楽しそうな2人を横目に、キョウは席を立つ。
「キョウ、今度は旦那様も連れてきてよ?次はみんなで朝までだからね!」
「そうそう、キョウちゃんが自分で言ったんだから!」
「ええ、次はきっと。約束します。」
微笑んで、カウンターを離れる。
「よし、カイルくん呼ぶか!」
「やだ、心の準備が……!」
「じゃあ"ジュニア"くんにする?」
「……だめ!それはさすがにハンザイ!!若すぎる!!」
 2人の楽しそうなやり取りをBGMに、キョウはバーを出た。

【 To be continued...】