私がリタイアして6年、夫がリタイアしてちょうど1年。ようやく2人の時間の流れが揃い、穏やかな毎日を過ごせるようになった
過去を振り返れば「若い時にもっと勉強すればよかった」という後悔などもあるにはある。でも、それも含めて今の私がある。そう思えるようになったのも、この年齢になったからこそかもしれない。
60歳を前にアラカン世代の本やブログをたくさん読んで見えてきたのは「モノと生き方の断捨離」という考え方だ。お気に入りだけを残し、物理的にも精神的にも身軽になっていく人たちの姿は、とても自由で心地よさそうに見え、自然と他人にも優しくなっている。そんな生き方に、私もそうありたいと思うようになった。
モノの断捨離はまずは手をつけやすいキッチンで、賞味期限切れの食材や、便利そうで殆ど使わなかった調理器具、食器を処分。すると不思議なことに、頭の中までスッキリと軽くなった気がした。勢いがついて、タオル、寝具、洋服へと進む。「いつか使えるかも」と何年も持ち続けていたものが山のように出てきて、場所があるから置いていただけだと思っていたけれど、実はそれもたっぷりの執着だったことに気付く![]()
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次に思い出に向き合う。亡き母からもらったたくさんのモノたち。母の思いや思い出が染みついていたそのモノたちは、気づけばその多くが役目を終えていた。母との思い出は心の中にたくさんあるからこそ、「手放しても大丈夫」とその日、初めてそう思えた。
さらに数日かけて家具などの大物にも目を向けると、そこにあったのはやはり母に買ってもらったピアノとマッサージチェア。好きだったピアノも、ご近所が気になって滅多に弾くことはなく、マッサージチェアも今ではほとんど使っていなかった。
手放すと決めてから回収業者が来るまでの3日間は何度も迷ったが、今となっては部屋は驚くほどスッキリして、感情に囚われていた自分に気付かされた。
2年前母が亡くなり実家を片付けた時のこと。母の暮らしは好きなものに囲まれて、とても丁寧に飾られ、保管され、でも驚くほどスッキリしていた。中には、私とお揃いで買った服や小物、プレゼントしたバッグも跡形もなく処分されていて…
そっか。それで良いのよね、と泣きながら笑ってしまったことを思い出した。
モノより思い出。母の潔さから学んだ大切なことだった。
60歳を迎えるこれからは、モノも人も心地よさを大切に、もっと軽やかに生きていけたらいいなと思う![]()