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日記

日々の徒然

もう30年もアメリカに住んでいるのに英語力が上がらない。

生活をする上で必要な英語は何とか身につけて来たがカード会社に電話で問い合わせなどフォーマルな場面になるといまだに緊張してしまう

 

自分が伝えたいことは、知っている単語を駆使すれば何とか表現できる。しかし相手の言っていることがもう全く理解できない時がある。特に最近は企業のコールセンターがインドに繋がることが増え、インド訛りの英語はもう絶望的に聞き取れない。ただでさえ英語が苦手なのに、せめて相手はネイティブの発音で話してくれないともう会話が成立しない…宇宙人うずまき

 

そんな私に、夫がある日こう言った。

 

「日本に住んだら、君の説明が僕のすべてとなる。アメリカにいる今が最後のチャンスだから、僕のためにも本気で英語を勉強して欲しい」

 

確かに、そんな気もするので反論できない。でも仕事もリタイアした今、英語は夫としか話していない。こうしてブログもネットもYouTubeもほぼ日本語で快適に過ごしている。

 

以前、夫と一緒に日本へ行った時は私の頭の中は直ぐに日本語能に切り替わってしまい、夫との会話がカオスなことに。そこで滞在途中からは英語だけを話すことにして、日本人相手にさえ夫と共に英語で話すようにしてみた。すると頭の中が整理され耳で日本語を理解しながら口は英語を話すという切り替えがスムーズにできるようになった。なんだかやっぱりそれもカオスな話なのだが私なりの言語のスイッチの切り替えを耳と口で分けることには成功した看板持ち飛び出すハート

 

英語にはtranslation(翻訳)とinterpretation(通訳)という言葉がある。前者は単に言葉を直訳することであり、後者は異なる文化や背景を理解したうえで、適切な表現に置き換えることを意味する。

 

夫にtranslateだけしていると途中で話が不自然になってしまうことがある。言葉の意味をそのまま伝えるだけでなく、状況に応じてinterpretすることが大切なのだ。そうしないと、意図しないニュアンスが伝わってしまい、思わぬ誤解やトラブルを招く可能性もある。ただ今の私にはtranslationが精一杯のキャパであり、これは結構マズイのだ。

 

最近、30年前に発音クラスで使っていたテキストを出してこっそり練習を再開した。さらに、夫には1日1記事のニュースを音読して聞いてもらうようにしている。すると次々と知らない単語が出てくるので、その都度「これは覚えるべき重要な単語?」と夫に尋ねるのだが、返ってくるのは決まってこうだ。

 

「普通に使われてる単語だよ」

 

「ええ〜?そうなの??」ガーン

 

こうして新単語を覚えると急にその単語が聞こえるようになり、今までこれを聞き飛ばしていたのかと驚愕するほど日常的に使われていたことに気付かされる。たぶん私は長い年月アメリカに住んで、年も取って、図々しくなっていたんだろう。いつの間にか知らない言葉につまずく健気さは失い、平気で聞き飛ばすようになっていたようだ。

 

英語の道のり、果てしなし…ダルマハッ