革命とは、つまり「暴力革命」である。 | 御苑のベンゴシ 森川文人のブログ

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 革命・・・「**革命」とマクラのつかない「革命」。**とマクラがつくとたいていは陳腐な新製品とかの広告の文言みたいなもので、ホンモノの革命とは、現体制を「根源的」に変更する体制自体を転覆させる事象です。

 体制内で、政党が変わる自民党政権から社会党とか、民主党とかとは、まるで違います。そんなのは、せいぜい、醤油ラーメンが味噌ラーメンに変わったというところでしょう。

 革命というのは、そもそもラーメン止めた、いや、それこそ「食べる」とは違う栄養摂取の仕方に変えよう、というような根源的=ラディカルな変更です。

 今で言えば、1%が富を独占し、多くの99%の民衆が貧困に陥れられ、支配されるとう資本主義という体制自体を転覆しよう、というのが革命、ということになります。古来、ロマンであり、希望だと思います。

 もちろん、このような「革命」は、現体制からは最も嫌われる事象です。犯罪とされ、さらには倫理的にも悪しき行為とプロパガンダされ、たとえば「アカ」とか「過激派」とかレッテルを貼られ、攻撃をされます。当然といえば当然。

 「暴力革命」というレッテルも同じです。現体制だって暴力で支配をしているくせに・・・警察、刑務所、軍隊、などいずれも拘束・監禁などを銃器等を用いて、それを「合法」と位置付けることにより暴力支配をするのが現体制です。

 その暴力支配を転覆というか、奪還するわけですから、奪われる現体制からすれば「革命」は常に「暴力革命」とレッテルを貼らざるをえません。「暴力」の取り合いですからね。

 しかし、実際、ロシア革命の歴史から見ても、いわば軍隊が武器の向きを逆さまに変えた、ということにすぎなくて、そもそも武装解除(=武器を持つことが非合法化されること)された民衆・労働者の階級がむき出しの流血的・暴動的な蜂起をすることは現代の革命では考えられていないでしょう。それでも、「暴力革命」なのです、現体制からすればね。

 日本共産党は、革命党ではもはやないのです。その意味では現体制から見ても「安全」だと思います。

 それでも、実際には、「革命」思想は、大衆の中から消えることはありません。まして、これほど酷い時代とならば。世界中で、革命の萌芽が現れています。もちろん、資本主義のマスメディアは取り上げません。

 革命とは、成就するまで「犯罪」であり、「勝てば官軍」とはまさに革命のことです。永遠の反体制ではなく、責任をもって権力化し、かつ大衆化することが本来の革命です。レッテル貼りを鵜呑みにすることなく、よく見極めましょうね。