「陸軍内務班のリンチは今ではよく知られていますが、航空隊も連日シゴキでしたね。懲罰といって朝から晩まで腕立て伏せをやらされ、ひざをつけば棒で尻を殴る。この恨み、怨念を理解できない歴史家なら、底辺の民衆史を書くなどという資格はないと思います。」と色川大吉さん(89)がおっしゃってます(朝日夕刊3/18)。
この恨み、怨念は、どこに向かうものなのだろう?アメリカ?まさか!くだらない、無謀で意味のないシゴキをサディスティックに行なった軍隊というシステム、そのシステムの中で具体的にシゴキを行った個人、命じた上官、政府、天皇に対してでしょう。
治安維持法で、理由なくでっち上げで逮捕された上、拷問で虚偽の自白をさせられ有罪にさせられた怨念。
くだらない、資本の利害で利用され殺された怨念。
戦争の記憶とは、そういうものだと思います。それにもかかわらず、それを私たち「底辺の民衆」が忘れている虫ケラのように扱い、どんどん軍事化に進む安倍政権。
歴史と記憶はなくなりません。未だ放射能汚染水を垂れ流す原発をおいて「復興」とかオリンピックとか・・・。
俺たちは、そんな簡単に忘れない!民衆には民衆の歴史がある、民衆の記憶の承継があります。
それは、国家権力は決して戦争の責任を私たちに対し取らない、ということ。「兵隊」「歯車」となった個人も責任を「命令」におっつけ自らの責任をうやむやにすること。
私たちは、今、たぶん歴史の曲がり角に立ってます。誰かに頼るのではなく、言われるままではなく、自分たちで、この曲がり角を曲がるかどうするか決めましょう!