『ドイツ・イデオロギー』と国鉄分割民営化と外注化 | 御苑のベンゴシ 森川文人のブログ

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 「結論的にいえば、分業によってただちに、つぎのような事態がはじめて実例をもってわれわれに示される。すなわち、人間が自然発生的な社会にある限り、したがって、特殊利害と共同利害との分裂が存在する限り、したがって、活動が自由な意志によってではなく自然発生的に分割されているかぎり、人間自身の行為はその人間にとってよそよそしい対抗的な力となり、人間がその力が人間を押さえつけるということである。つまり労働が分業として配分されはじめるようになると、各人はただちに、自分におしつけられたある特定の専業の活動範囲をもつようになり、そこから抜け出す事は出来ない」とマルクス・エンゲルスは指摘しています。
 要は、どんどん、社会における仕事を分業化していくと、「よそよそしい力」によって、肝心の人間の方が支配されてしまう=疎外されるという有名な記述です。
 まあ、古典中の古典ですが、よくわからない部分もあるものの、重要な指摘もされている本です。

 今、国鉄はJRに「民営化」し、さらには、子会社に「外注化」し、鉄道という社会の重要な業務は、どんどん細分化して、「分業」の極地に追い込まれています。このため、ダイヤ等において一元管理が不可欠にも関わらず、指揮系統も分断されてしまい、安全そのものがぼろぼろになりつつあります。

 どなたか指摘していたように、責任まで外注化し、誰が責任を持つのかわからない、そんな状態になっていっているような気がします。

 そもそも、こういう公共機関って、黒字じゃないといけないの? 黒字の消防署ってどうなの?
 なんでもかんでも、「企業」化・「商品」化させちゃっていいの?
 結局、俺たち「疎外」されちゃってない? そんなことを考える今日このごろ。
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