いわゆる悪性新生物が日本人の死因のトップであることは

周知の事実であるし、最近は分子標的治療やDDS(Drug Delivery System)などが

画期的治療をもたらすものとして期待されている。

癌はもはや死病ではなくなりつつあると言われることすらある。




しかし、臨床の現場においては未だに

病理医が組織を実際に診てからでないと

癌かどうかの厳密な診断はできないという。




 

癌に罹っているかどうかを

簡単に診断できるマーカー(指標)

があればもっと救える命があるはずだ。





例えば、家庭でも簡単に検査ができる検査キットを

一定以上の年齢の人に公費で送り

病院に行かずに癌かどうかの診断ができるようにする。

など・・・


















自分のこころの状態を

自分自身で客観的に把握することは

ともすると癌かどうかの診断より難しいかもしれない。






だがこころの状態を知るためのマーカーは

案外簡単に見つかる。






例えば、

不安になると無駄口が増える。

ストレスがたまるとやたらジャンクフードに手が伸びる。

人によっては

つめを噛むようになる

普段しないような仕草みせるようになる

といったこともあるかもしれない。






こころは

目に見えない、とらえどころのないもの

だから目に見える行動や仕草から

自分のこころの状態を知る。






周りの人についてもこのようなマーカーを

あらかじめ知っておくことで

その人をより輝かせることができるような

人間関係が築けるのではないだろうか。


基本(帰ることができる場所)がしっかりしている人は強い。

基本に忠実な人は無駄がない。





応用は格好よく見えるがそれだけでは脆い。

無駄も結構多い。

退屈なことに思えても基本に忠実に。

「退屈だなぁ」と感じたら

大切なことを見落としていないか

もう一度確認する。




当たり前のことに改めて気づくと

「何やってるんだ、自分」って気持ちになるけど

気づかずにそのままでいるより遥かにいいことだ。

それに一回目に気づいたときよりも

深みや重みのようなものが増す気がする。

そういう成長の仕方もあるいはあるのかも知れない。







今週も張り切っていきましょう。

「私は安心している人間が嫌いだ。」と

ある天才が言っていた。





安心することは一般的にはいいことだとされている。

だが、

いいこと、プラスなこと、善、

といった事柄だけでものごとは回っていかない。





何をとっても

わるいこと、マイナスなこと、悪

といった事柄といつもぴったり背中合わせだ。






正だけであることを良しとせず

上手く距離を取りながら付き合っていけばいい。







「負」の持つ可能性は計り知れない。





歴史を振り返っても「負」が原動力となり

ものごとを動かした例はいくらでもある。

そもそも新しいものは既にあるものに「こんなんじゃだめだ。」

と負のレッテルを貼ることから始まるのがほとんどだ。




本気で何かを成し遂げたいなら

「負」さえも味方につけ進んでいくべきだ。









なーんてことは随分前に気づいてたはずだったのになぁ。



安心してたんでしょうね(x_x;)



ごめんなさいお父さん(^^ゞ。