今 日蓮は聖(しょう)にも賢にも有らず。持戒にも[無戒にも、]有智にも[無智にも]有らず[or当たらず]。然(しか)れども法華経の題目の流布すべき後五百歳(ご ごひゃくさい)・二千二百二十余年の時に生まれて、近くは日本国、遠くは月氏(がっし)漢土の諸宗の人々 唱へ始めざる先(さき)に、南無妙法蓮華経と高声に よばはりて二十余年を ふ(経)る間、或(あるい)は罵(の)られ、打たれ、或は疵(きず)を かうほり、或は流罪に二度、死罪に一度定められぬ。其(そ)の外(ほか)の大難 数を し(知)らず。譬(たと)へば大湯に大豆を漬(ひた)し、小水に大魚の有るが如(ごと)し。
(平成新編0968・御書全集1240・正宗聖典----・昭和新定[2]1457・昭和定本[2]1167~1168)
[建治02(1276)年閏03月05日(佐後)]
[真跡、古写本・無]
[※sasameyuki※]