『大白牛車書(牛角抄)』(佐後) | 細雪の物置小屋

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[参考]『日蓮大聖人の「御書」をよむ 上 法門編』著者・小林正博
発行所・株式会社第三文明社
『日蓮大聖人の「御書」をよむ 下 御消息編』著者・河合 一
発行所・株式会社第三文明社

 夫(それ)法華経第二の巻に云(い)はく「此(こ)の宝乗に乗じて直(ただ)ちに道場に至(いた)る」云云。日蓮は建長五年三月二十八日、初めて此の大白牛車(だいびゃくごしゃ)の一乗法華の相伝を申し顕(あら)はせり。而(しか)るに諸宗の人師(にんし)等 雲霞(うんか)の如(ごと)く よ(寄)せ来たり候(そうろう)。中にも真言・浄土・禅宗 等、蜂(はち)の如く起こり せ(責)めたゝか(闘)ふ。日蓮 大白牛車の牛の角(つの)最第一なりと申して たゝかふ。両の角は本迹二門(ほんじゃく にもん)の如く、二乗作仏(にじょうさぶつ)・久遠実成(くおんじつじょう)是(これ)なり。すでに弘法大師は法華最第一の角を最第三と なをし、一念三千・久遠実成・即身成仏(そくしんじょうぶつ)は法華に限れり、是をも真言の経にありと なをせり。かゝる謗法の族(やから)を責めんとするに、返って弥(いよいよ)怨(あだ)をなし候。譬(たと)へば角を なをさんとて、牛を ころ(殺)したるが如くなりぬべく候(そうら)ひしかども、いかで さは候(そうろう)べき。
(平成新編1188~1189・御書全集1543・正宗聖典----・昭和新定[2]1748~1749・昭和定本[2]1411~1412)
[建治03(1277)年12月17日(佐後)]
[真跡、古写本・無]
[※sasameyuki※]