日蓮は彼(か)の不軽菩薩に似たり。国王の父母を殺すも、民が考妣(ちちはは)を害するも、上下 異なれども一因なれば無間(むけん)に お(堕)つ。日蓮と不軽菩薩とは、位の上下は あれども同業(ごう)なれば、彼の不軽菩薩 成仏し給(たま)はゞ日蓮が仏果(ぶっか)疑ふべきや。彼は二百五十戒の上慢(じょうまん)の比丘(びく)に罵(ののし)られたり。日蓮は持戒第一の良観に讒訴(ざんそ)せられたり。彼は帰依(きえ)せしかども千劫(せんごう)阿鼻獄(あびごく)に お(堕)つ。此(こ)は未(いま)だ渇仰(かつごう)せず。知らず、無数劫(むしゅこう)をや経(へ)んずらん、不便(ふびん)なり不便なり。
(平成新編0715・御書全集1129・正宗聖典----・昭和新定[2]1044~1045・昭和定本[1]0786)
[文永10(1273)年(佐後)]
[真跡、古写本・無]
[※sasameyuki※]