仏法の中に、内薫外護(ないくんげご)と申す大(おお)いなる大事あ(有)りて宗論にて候(そうろう)。法華経には「我 深く汝等(なんだち)を敬ふ」と。涅槃経には「一切衆生 悉(ことごと)く仏性(ぶっしょう)有り」と。馬鳴菩薩(めみょうぼさつ)の起信論(きしんろん)には「真如(しんにょ)の法 常に薫習(くんじゅう)するを以(もっ)ての故(ゆえ)に妄心(もうしん)即(そく)滅(めっ)して法身(ほっしん)顕現す」と。弥勒菩薩(みろくぼさつ)の瑜伽論(ゆがろん)には見へたり、かく(隠)れたる事のあら(顕)はれたる徳となり候なり。
(平成新編1170・御書全集1170~1171・正宗聖典----・昭和新定[2]1728・昭和定本[2]1391)
[建治03(1277)年09月11日(佐後)]
[真跡・身延曾存]
[※sasameyuki※]