『十法界明因果抄(十界明因果抄)』(佐後)[古写本] | 細雪の物置小屋

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[参考]『日蓮大聖人の「御書」をよむ 上 法門編』著者・小林正博
発行所・株式会社第三文明社
『日蓮大聖人の「御書」をよむ 下 御消息編』著者・河合 一
発行所・株式会社第三文明社

 人間に生(しょう)ずること過去の五戒(ごかい)は強く、三悪道(さんなくどう)の業因(ごういん)は弱きが故(ゆえ)に人間に生ずるなり。亦(また)当世(とうせい)の人も五逆(ごぎゃく)を作る者は少なく、十悪は盛(さか)んに之(これ)を犯(おか)す。亦(また)偶(たまたま)後世を願(ねが)ふ人の十悪を犯さずして善人の如(ごと)くなるも、自然(じねん)に愚癡(ぐち)の失(とが)に依(よ)って身口(しんく)は善(よ)く意(い)は悪(あ)しき師を信ず。但(ただ)我(われ)のみ此(こ)の邪法を信ずるに非(あら)ず。国を知行(ちぎょう)する人、人民を聳(すす)めて我(わ)が邪法に同(どう)ぜしめ、妻子眷属(けんぞく)所従(しょじゅう)の人を以(もっ)て亦(また)聳(すす)め従(したが)へ我が行(ぎょう)を行ぜしむ。故(ゆえ)に正法(しょうぼう)を行ぜしむる人に於(おい)て結縁(けちえん)を作(な)さず。亦(また)民(たみ)所従等に於ても随喜(ずいき)の心を至(いた)さしめず。故に自他(じた)共(とも)に謗法の者と成(な)りて、修善止悪(しゅぜんしあく)の如(ごと)き人も自然に阿鼻地獄(あびじごく)の業(ごう)を招(まね)くこと、末法に於て多分(たぶん)之(これ)有るか。
(平成新編0207・御書全集0428・正宗聖典ーーーー・昭和新定[1]0331・昭和定本[1]0173)
[文応01(1260)年04月21日(佐後)]
[古写本・日進筆 身延久遠寺]
[※sasameyuki※]