又(また)国主より御勘気(ごかんき)二度なり。第二度は外(そと)には遠流(おんる)と聞(き)こへしかども内(うち)には頸(くび)を切るべしとて、鎌倉竜口(たつのくち)と申す処(ところ)に九月十二日の丑(うし)の時に頸の座に引きす(据)へられて候(そうら)ひき。いかゞして候ひけん、月の如くにをは(在)せし物、江島(えのしま)より飛び出(い)でて使ひの頭へかゝり候ひしかば、使ひおそ(怖)れてき(斬)らず。とかうせし程(ほど)に子細(しさい)どもあまた(数多)あ(有)りて其(そ)の夜の頸はのがれぬ。又佐渡国にてき(斬)らんとせし程に、日蓮が申せしが如く鎌倉にどしう(同士打)ち始まりぬ。使ひはし(走)り下(くだ)りて頸をきらず、結句(けっく)はゆる(赦)されぬ。今は此の山に独(ひと)りすみ候(そうろう)。
(平成新編1264・御書全集1413・正宗聖典----・昭和新定[2]1888・昭和定本[2]1562~1563)
[弘安01(1278)年09月06日(佐後)]
[真跡、古写本・無]
[※sasameyuki※]