『四条金吾許御文(八幡抄)』(佐後) | 細雪の物置小屋

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[参考]『日蓮大聖人の「御書」をよむ 上 法門編』著者・小林正博
発行所・株式会社第三文明社
『日蓮大聖人の「御書」をよむ 下 御消息編』著者・河合 一
発行所・株式会社第三文明社

 又(また)釈迦如来は住劫(じゅうこう)第九の減(げん)、人寿(にんじゅ)百歳の時、浄飯王(じょうぼんのう)を父とし摩耶夫人(まやぶにん)を母として、中天竺(ちゅうてんじく)伽毘羅衛国(かびらえこく)らんびに(蘭毘尼)園と申(もう)す処(ところ)にて甲寅(きのえとら)の年(とし)四月八日に生まれさせ給(たま)ひぬ。八十年を経(へ)て、東天竺倶尸那城跋提河(くしなじょうばつだいが)の辺にて、二月十五日壬申(みずのえさる)にかく(隠)れさせ給ひぬ。今の八幡大菩薩も又(また)是(か)くの如(ごと)し。月氏(がっし)と日本と父母はかわれども、四月八日と甲寅と二月十五日と壬申とはかわる事なし。仏滅度(めつど)の後二千二百三十余年が間、月氏・漢土(かんど)・日本・一閻浮提(いちえんぶだい)の内に聖人(しょうにん)賢人と生まるゝ人をば、皆(みな)釈迦如来の化身(けしん)とこそ申せども、かゝる不思議は未(いま)だ見聞せず。
(平成新編1524・御書全集1196・正宗聖典----・昭和新定[3]2188・昭和定本[2]1823)
[弘安03(1280)年12月16日(佐後)]
[真跡、古写本・無]
[※sasameyuki※]