『四条金吾殿御書(施餓鬼御書)』(佐前) | 細雪の物置小屋

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[参考]『日蓮大聖人の「御書」をよむ 上 法門編』著者・小林正博
発行所・株式会社第三文明社
『日蓮大聖人の「御書」をよむ 下 御消息編』著者・河合 一
発行所・株式会社第三文明社

 当世(とうせい)の僧を見るに、人にかく(隠)して我(われ)一人ばかり供養をう(受)くる人もあり。是(これ)は狗犬(くけん)の僧と涅槃経に見えたり。是は未来には牛頭(ごず)と云(い)ふ鬼となるべし。又(また)人にし(知)らせて供養をうくるとも、欲心(よくしん)に住(じゅう)して人に施(ほどこ)す事なき人もあり。是は未来には馬頭(めず)と云ふ鬼となり候(そうろう)。又在家の人々も、我が父母、地獄・餓鬼・畜生にお(堕)ちて苦患(くげん)をうくるをばとぶら(弔)はずして、我は衣服・飲食(おんじき)にあ(飽)きみ(満)ち、牛馬眷属(けんぞく)充満して我が心に任(まか)せてたの(楽)しむ人をば、いかに父母のうらや(羨)ましく恨(うら)み給(たま)ふらん。
 僧の中にも父母師匠の命日をとぶらふ人はまれなり。定(さだ)めて天の日月・地の地神いか(瞋)りいきどを(憤)り給ひて、不孝の者とおも(思)はせ給ふらん。形は人にして畜生のごとし、人頭鹿(にんずろく)とも申すべきなり。
 日蓮此(こ)の業障(ごうしょう)をけ(消)しは(果)てゝ未来は霊山浄土(りょうぜんじょうど)にまい(詣)るべしとおも(思)へば、種々の大難(だいなん)雨のごとくふ(降)り、雲のごとくにわき候(そうら)へども、法華経の御故(おんゆえ)なれば苦をも苦ともおもはず。かゝる日蓮が弟子檀那となり給ふ人々、殊(こと)に今月十二日の妙法聖霊(しょうりょう)は法華経の行者なり日蓮が檀那なり、いかでか餓鬼道にお(堕)ち給ふべきや。定めて釈迦・多宝仏・十方の諸仏の御宝前(ごほうぜん)にましまさん。是(これ)こそ四条金吾殿の母よ母よと、同心に頭をな(撫)で悦(よろこ)びほめ給ふらめ。あはれいみじき子を我はも(持)ちたりと、釈迦仏とかた(語)らせ給ふらん。
(平成新編0470・御書全集1111~1112・正宗聖典----・昭和新定[1]0708~0709・昭和定本[1]0494~0495)
[文永08(1271)年07月12日(佐前)]
[真跡、古写本・無]
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