仏は人天(にんてん)の主、一切衆生の父母なり。而(しか)も開導(かいどう)の師なり。父母なれども賎(いや)しき父母は主君の義をか(兼)ねず。主君なれども父母ならざれば、おそ(畏)ろしき辺(へん)もあり。父母・主君なれども、師匠なる事はなし。諸仏は又(また)世尊にてましませば、主君にてはましませども、娑婆世界(しゃばせかい)に出(い)でさせ給(たま)はざれば師匠にあら(非)ず。又「其(そ)の中の衆生は悉(ことごと)く是(これ)吾(わ)が子なり」とも名乗らせ給はず。釈迦仏独(ひと)り主師親(しゅししん)の三義をか(兼)ね給へり。
(平成新編0628・御書全集1350・正宗聖典ーーーー・昭和新定[1]0903・昭和定本[1]0676~0677)
[文永09(1272)年(佐後)]
[真跡・身延曾存]
[※sasameyuki※]