はるかにみまいらせ候はねば、をぼつかなく候。たうじ(当時)とてもたのしき事は候はねども、むかしはことにわび(侘)しく候ひし時より、やしなわれまいらせて候へば、ことにをん(恩)をも(重)くをも(思)ひまいらせ候。それについては、いのちはつるかめ(鶴亀)のごとく、さいわい(幸福)は月のまさり、しを(潮)のみ(満)つがごとくとこそ、法華経にはいのりまいらせ候へ。さてはえち(越)後房・しもつけ(下野)房と申す僧を、いよ(伊予)どのにつけて候ぞ。しばらくふびんにあたらせ給へと、とき(富木)殿には申させ給へ。恐々謹言。
いよ(伊予)房は学生(がくしょう)になりて候ぞ。つねに法門きかせ給ひ候へ。
(平成新編1429・御書全集0990・正宗聖典ーーーー・昭和新定[3]2052~2053・昭和定本[2]1710~1711)
[弘安02(1279)年11月25日(佐後)]
[真跡・小湊誕生寺(100%現存)]
[※sasameyuki※]