『諸法実相抄』(佐後)(秘) | 細雪の物置小屋

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[参考]『日蓮大聖人の「御書」をよむ 上 法門編』著者・小林正博
発行所・株式会社第三文明社
『日蓮大聖人の「御書」をよむ 下 御消息編』著者・河合 一
発行所・株式会社第三文明社

 いかにも今度信心をいたして法華経の行者にてとを(通)り、日蓮が一門とな(成)りとをし給ふべし。日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか。地涌の菩薩にさだ(定)まりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや。経に云はく「我久遠より来(このかた)是等の衆を教化す」とは是なり。末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり。日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつた(伝)ふるなり。未来も又しかるべし。是あに地涌の義に非ずや。剰(あまつさ)へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし。ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給ふべし。釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏菩薩、虚空にして二仏うなづき合ひ、定めさせ給ひしは別の事には非ず。唯ひとへに末法の令法久住の故なり。既に多宝仏は半座を分かちて釈迦如来に奉り給ひし時、妙法蓮華経の旛(はた)をさし顕はし、釈迦・多宝の二仏大将としてさだめ給ひし事あにいつは(偽)りなるべきや。併(しかしなが)ら我等衆生を仏になさんとの御談合なり。
 日蓮は其の座には住し候はねども、経文を見候に少しもくも(曇)りなし。又其の座にもやありけん、凡夫なれば過去をしらず、現在は見へて法華経の行者なり、又未来は決定として当詣(とうけい)道場なるべし。過去をも是を以て推するに虚空会にもやありつらん、三世各別あるべからず。此くの如く思ひつゞけて候へば流人なれども喜悦はかりなし。うれ(嬉)しきにもなみだ(涙)、つら(辛)きにもなみだ(涙)なり。涙は善悪に通ずるものなり。彼の千人の阿羅漢、仏の事を思ひいでて涙をながし、ながしながら文殊師利菩薩は妙法蓮華経と唱へさせ給へば、千人の阿羅漢の中の阿難尊者はな(泣)きながら如是我聞と答へ給ふ。余の九百九十九人はな(泣)く涙を硯(すずり)の水として、又如是我聞の上に妙法蓮華経とかきつけしなり。今日蓮もかくの如し。かゝる身となるも妙法蓮華経の五字七字を弘むる故なり。釈迦仏・多宝仏、未来日本国の一切衆生のためにとゞめをき給ふ処の妙法蓮華経なりと、かくの如く我も聞きし故ぞかし。現在の大難を思ひつゞくるにもなみだ(涙)、未来の成仏を思ひて喜ぶにもなみだ(涙)せきあへず、鳥と虫とはな(鳴)けどもなみだ(涙)をちず、日蓮はな(泣)かねどもなみだ(涙)ひまなし。此のなみだ世間の事には非ず、但偏(ひとえ)に法華経の故なり。若ししからば甘露の涙とも云ひつべし。涅槃経には父母・兄弟・妻子・眷属にわかれて流すところのなみだは四大海の水よりもをゝ(多)しといへども、仏法のためには一滴をもこぼさずと見えたり。法華経の行者となる事は過去の宿習なり、同じ草木なれども仏とつく(造)らるゝは宿縁なるべし。仏なりとも権仏となるは又宿業なるべし。
 此の文には日蓮が大事の法門どもかきて候ぞ。よくよく見ほど(解)かせ給へ、意得(こころえ)させ給ふべし。
(平成新編0666~0667・御書全集1360~1361・正宗聖典1023・昭和新定[2]0981~0984・昭和定本[1]0726~0728)
[文永10(1273)年05月17日(佐後)]
[真跡、古写本・無]
[秘・日蓮が相承の法門等]
[※sasameyuki※]