加様に法門を御尋ね候事、誠に後世を願はせ給ふ人か。「能く是の法を聴く者は斯の人亦復難し」とて、此の経は正しき仏の御使ひ世に出でずんば仏の御本意の如く説く事難き上、此の経のいはれを問ひ尋ねて不審を明らめ、能く信ずる者難かるべしと見えて候。何に賎(いや)しき者なりとも、少し我より勝れて智慧ある人には、此の経のいはれを問ひ尋ね給ふべし。然るに悪世の衆生は、我慢偏執(がまんへんしゅう)・名聞名利に著して、彼が弟子と成るべきか、彼に物を習はゞ人にや賎しく思はれんずらんと、不断悪念に住して悪道に堕すべしと見えて候。法師品には「人有って八十億劫の間、無量の宝を尽くして仏を供養し奉らん功徳よりも、法華経を説かん僧を供養して、後に須臾(しゅゆ)の間も此の経の法門を聴聞する事あらば、我大(だい)なる利益功徳を得べしと悦ぶべし」と見えたり。無智の者は此の経を説く者に使はれて功徳をうべし。何なる鬼畜なりとも、法華経の一偈一句をも説かん者をば「当起遠迎(とうきおんごう)当如敬仏(とうにょきょうぶつ)」の道理なれば仏の如く互ひに敬ふべし。例へば宝塔品の時の釈迦多宝の如くなるべし。
此の三位房(さんみぼう)は下劣の者なれども、少分も法華経の法門を申す者なれば、仏の如く敬ひて法門を御尋ねあるべし。依法不依人此を思ふべし。
(平成新編1047~1048・御書全集1382~1383・正宗聖典----・昭和新定[2]1559~1560・昭和定本[2]1266~1267)
[建治02(1276)年12月09日(佐後)]
[真跡、古写本・無]
[※sasameyuki※]