又世間のすぎえぬやうばし歎いて人に聞かせ給ふな。若しさるならば、賢人にははづれたる事なり。若しさるならば、妻子があとにとゞまりて、はぢを云ふとは思はねども、男のわかれのおしさに、他人に向かひて我が夫のはぢをみなかたるなり。此偏にかれが失にはあらず、我がふるまひのあしかりつる故なり。人身は受けがたし、爪の上の土。人身は持ちがたし、草の上の露。百二十まで持ちて名をくたして死せんよりは、生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ。中務三郎左衛門尉は主の御ためにも、仏法の御ためにも、世間の心ねもよかりけりよかりけりと、鎌倉の人々の口にうたはれ給へ。穴賢穴賢。蔵の財よりも身の財すぐれたり。身の財より心の財第一なり。此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給ふべし。
(平成新編1173・御書全集1173・正宗聖典----・昭和新定[2]1733・昭和定本[2]1395)
[建治03(1277)年09月11日(佐後)]
[真跡・身延曾存]
[※sasameyuki※]