(前回「役割ができなくても、できる役割はある」はこちら)
長く続いた認知症シリーズも
今日で最終回です。
人と人とをつなぐ「役割」というものを
どうやって作っていけばよいでしょう。
ステップ その1
「残存能力の活用」です。
若い頃にはできていたことは
歳を取ってからも、ず~~っと
できるわけがありません。
寄る年波には勝てん、ですね。
ジャガイモの皮むきでも、
洗濯物たたみでも、
できることは長く続けていきましょう。
「役に立ってる感」が大事です。
ステップ その2
「心を通わせる仲間づくり」です。
言い方を変えると、
「関係的役割の構築」です。
デイサービスをこれのために
使ってもらってかまいません。
むしろそういう場であることが大切です。
人間は社会的動物。(一人じゃない)
と思ってもらうことが大切です。
ステップ その3
「スキンシップ」です。
仲間づくりが苦手な人もいます。
言葉がしゃべれなくて仲間づくり
できない寝たきりのような人もいます。
言葉を使ってのコミュニケーションが
できない人にも、体に触れるという行為で
感じる温かさ、ってものがあります。
母親が子供を産み、育てる時に
多量に分泌される「オキシトシン」
というホルモンがあるそうです。
このホルモンは(触れる)という行為で
たくさん分泌されるそうです。
このホルモンがふえるとき、
人はより安心感を感じるのだそうです。
不安な気持ちになったとき、
誰かに触れててもらうことで
落ち着きを取り戻したりすることが
できます。
それは、小さな子供でも、年寄りでも一緒。
昔、上司からこんなことを言われました。
「田中さん、歳を取るとだんだん
触ってもらえんようになるだで」。
上司のお母さんが、連れ合いの
訪問看護を受けていた時、
「看護師さんはおじいさんばかりかまって、
自分には全然かまってくれん」と言ったそうです。
おじいさんの訪問看護にきているのだから
それは当然のことなんでしょうけど、
おばあさんは嫉妬なのか、寂しかったのか。
赤ちゃんは両親、兄姉、祖父母、
親せき、近所、両親の友人、などなど
たくさんの人に抱っこさせて、と言われます。
幼児の頃も、大勢の年齢の子たちと
それこそ、密になって遊びまわります。
思春期以降も、彼・彼女ができたり、
結婚して子供ができれば、
また触れる機会は持続します。
しかし、やがて歳をとっていき、
子供たちは巣立ち、配偶者や友人とは死別し、
どんどん孤独を募らせていきます。
「触れる・触れられる」機会は
歳をとるごとにどんどん少なくなっていく。
ほんとうにそうだなあ、と思いました。
それだけ(触れる)ことを
ケアのひとつとして重視しても
よいと思います。
それではまとめです。
認知症は物忘れによって
不安な心理状態にある。
それを克服するのは役割である。
触れる、というケアを重視する。
ということで締めたいと思います。
ご清聴ありがとうございました^^v
(終わり)