前回はこちら。)

 

Aさんの担当になって約半年。

会ったばかりの頃のAさんは

(誰だ、こいつ)みたいな顔をしつつも

ぶっきらぼうにあいさつしてくれたけど

だんだんと発語も少なくなってきて

話しかけても視線をこちらにむけるだけで

一言どころか、声も発さず

すぐに下を向いてしまう。

 

まだ、受け入れてくれてないのかな。

それとも、来てくれる身内もいなくて

淋しいのか。

 

さて、秋は食欲の秋だというのに

なんで食べれなくなるんだろう。

発熱したのをきっかけに

ごはんが食べられなくなり、

この秋も入院することになった。

 

入院して2~3日後のこと。

お見舞いに行くと、ギャッジアップで

ごはんを食べているAさんを見た。

 

「熱も下がったし、どうしてでしょうね」とナース。

バイタルに異常はなく、只、元気だけがない。

食事も自分で食べられず、食べさせられていた。

 

一口、二口、口をつけただけで

いつまで経っても食べられないので

すっかりごはんも冷めてしまって

下げるしかなかった。

 

食べられないとサ高住に帰られないどころか、

甥の言うように、あの世へ逝っちゃうよ。

 

ストレートにそんなことは言えないけど、

そういう思いを込めて、Aさんの手を

布団から出して、そっと握手してみた。

Aさんは目を開け、こちらを見て

すぐにまた目を閉じた。

 

しばらくすると、Aさんの握る手が

だんだんと強くなっってきた。

意外と手に力が入ることに驚いた。

やがて、少しずつ力が抜けていく。

しかしまた、ぐっと力を込める。

 

強く握って、だんだん弱くなる。

5回続いた。

 

その間、Aさんはときどき目を開けた。

ボクがどんな顔をしてるか窺うように。

 

(なんだろう、試してるのかな)

 

…どうしてここにいるの?

…もう遅いし、帰りたいんでしょ?

…何で手を握る?

…いつまでいるの?

 

何をどう思っているのか、

ボクには窺い知れないけれど、

Aさんは試しているような気がして、

その場から離れられなくなった。

 

たぶんきっと、淋しいんだよ。

 

Aさんには悪いけど、

正直な気持ち、Aさんが

不憫に思った。

だれもいないから

せめて自分だけは

できるかぎりAさんの

そばにいよう。

 

(終わり)