「終活」という言葉が世間に
認知されてきていますね。
自分が亡くなった後のことを
自分で決めておくことは、以前より
メジャーになってきた感があります。
ただ、年齢的に自分自身が
(そういう準備をしておかないと…)
という気持ちをリアルに感じては
いませんでした。
しかし、年齢に関係なく
いつ何時、そうなってしまうのか、
「一寸先は闇」という言葉があるとおり。
また、亡くなりはしないまでも
事故や病気で意思表示を示せない、
決断を家族に委ねるしかない、
といった状況になる可能性も
今の自分の年齢でさえあり得ます。
仕事柄、また、自分の私的な経験からも
そういう備えをしておかなければ、
という気持ちがふつふつと
芽生えてきたんです。
これは自分自身の生き方を
自分で決めたい、というのとは
ぜんぜん違います。
似ているようだけど違います。
日本人である私は
西洋的な個人主義に
完全に染まることはできません。
私の生き方を
委ねられた家族の
負担をできるかぎり
軽くしておきたい、という
親心であり、夫心であります。
以前、石黒さんのことを
ブログで紹介しました。
認知症になって、自分のことを
うまく伝えられなくなったら
読んでもらって、自分が受ける介護のこと、
自分の最期をどう迎えたいか、
家族に伝えておこう、ということです。
石黒さんのブログを書いて
7~8年経ちますが、ようやく最近、
(書いておこう)という気持ちが
芽生えてきました。
(やろう、やろう)と思っても、
すぐにできない、ぐずぐずの私ですが
私を介護する(だろう)妻か子供たちか
介護職員さんたちのために
自分史を残しておこう、ということです。
そのほうがお互いに良いじゃないですか。
書き始めてみると、
(昔、こんなことがあったなあ)
(あれも書いとかなきゃ、これも書いとかなきゃ)
って、楽しく筆が進みますよ。
「ひとり回想療法」みたいなもんです。
自分のことを書くのも良し、
また、利用者さんに聞き取りして
その人の人生を聞き取るのも
話題が広がって面白いかも。
やってみてはいかがですか?