前回記事では日銀審議委員の中村豊明氏について批判しました。

 

氏はインフレ目標と合理的期待仮説の意味を理解していないという内容です。日銀をはじめとする各国の中央銀行は後でお話しますように通貨の安定や民間の生産活動に対する投資や消費活動を安定させるために不可欠な金融政策を司る中枢組織ですが、日本の場合大学院以上で経済学や金融政策のアカデミックな訓練を全く受けていない人が日銀総裁や審議委員に就任してしまったり、大蔵省(→財務省)と日銀出身者で交互に入れ替わるたすき掛け人事が行われていたりするなど、金融政策を軽視するような日銀人事がまかり通っていました。大型2種免許を持っていないドライバーにバスを運転させたり、医学部を卒業せず医師免許を持たないモグリ医者に手術をさせるようなことをやってきたのが日本の金融政策です。恐ろしい話です。

 

最初にこの記事の結論を言いますと、通貨や民間投資の安定で重要なのは中央銀行の独立性確保よりも、中央銀行総裁や議長をはじめとする首脳陣の能力です。ジョセフ・E・スティグリッツは「中央銀行に独立性があるかどうかが問題ではなく、重要なのは中央銀行のトップの資質だ。経済を成長させ、社会を安定させ、所得格差の是正に取り組むといった社会全体に貢献する目的を持つことが重要だ」「国民からかけ離れたところで、『中央銀行としての役目を果たしている』と言っているだけでは、説明責任を果たしたことにはならない。中央銀行は、究極的にはその国の国民に仕えている」と話します。

 

このブログで「消費税増税で医療費や介護費の負担を減らせるのか?」「社会保険料を下げるための試算をやってみる」という記事を書き、ここである動画サイトの内容を徹底的に批判しました。この動画サイトが主張するようなことをやってしまえば日本の社会保険制度が崩壊するだけではなく、国家財政規律さえも脅かしかねないという説明を2回に渡って行っています。一般会計の税収である消費税とそこから分離独立させた特別会計の社会保険財政をどんぶり勘定でごちゃ混ぜにすることは、余計に国民の社会保険制度や国家財政への不安や不信を増長させかねません。少し簡単に試算しただけでも社会保険料の消費税化や社会保険財源の一般会計編入は極めて非現実的な発想であることがわかります。

 

この動画の制作者は懲りずにおかしな経済怪説動画を作りつづけていますが、「中央銀行ってなに?~お金の歴史から読み解く通貨の信認とは~」はさらに酷い出来です。貨幣についての説明が「お前、重金・重商主義者か?」と言いたくなるなど、かなりツッコミどころが多くメモをとらないと追い付かないぐらいでしたが、総論的な批判だけをとりあえずしておきましょう。彼は金融政策に関する基本的知識が完全に欠落しています。高校生レベルの知識すら持っていません。彼の動画において「中央銀行の固有の仕事は通貨の発行と管理」であることを説明しており、これに間違いはないのですが100点満点中50点以下のものでしかありません。金融政策についても「通貨価値の安定を計る」政策以上の理解がないのです。

 

金融政策とそれを司る中央銀行の使命は通貨の安定だけではありません。民間のモノやサービスといった実物財の生産活動に必要な投融資の安定も入ります。その投資の中に雇用も含まれます。アメリカの中央銀行であるFRBは低失業率と物価安定というデュアル・マンデート(2つの使命)を持っていると自負していますが、そのことです。問題の動画制作者は実物財の生産や供給、雇用に目を向けず、貨幣のことしか関心がないのです。話している内容は基本的にお金の量を減らすのか増やすのか程度で留まっています。このような思考欠陥はMMT(現代貨幣理論)支持者と共通していることです。モノやサービスといった実物財の生産や供給という概念が頭にない状態でハイパーインフレだのスタグフレーションについてのまともな説明なんかできっこありません。両者で理解できていないのは民間の投資とは何ぞやということであります。

 

投資(invest)とは何か?それは大きな収益(harvest)を得るために身銭をきってお金を支払う行為のことを言います。民間企業が多額のお金を投じて新しい商品の研究開発を行ったり、生産設備や店舗を増やしたり、人材を補強する雇用を行うことは投資です。個人レベルでいえば専門学校や大学などに学費を払って技術や学業を修め、職能を高めることでより多くの所得を獲得することも自己投資です。スーパーで売っている食料品や100円ショップで売っている生活雑貨もそれをつくった生産者がスペンディングファーストで投資したからこそ存在しているものです。農業生産をやるにもJAバンクとかから融資を受けて土地やら農工具を買い揃えないとできません。

 

金融政策はモノやサービスの生産に必要な投資と融資を活発化させたり、逆に抑制させるために重要なものです。その方法で最も主流であるのが金利操作となります。(実質)金利を下げて投資に必要な資金の調達をしやすくするのが金融緩和政策で、逆に異常な景気過熱で過剰投融資が進み過ぎているときにそれを抑え込むのは金融引き締めです。こういう説明を彼の動画でやっていましたか?

 

とにかくお金の量とか価値のことしか関心がない人たちが多過ぎます。

 

あと動画では中央銀行の独立性について強調していました。そうしないといけない理由についてですが、政府が通貨価値の保持を怠り、目先の諸問題に対応することを避けるためであるとされています。「国家に通貨発行権を任せていると、人気取りのためにバラ播きする、従って国家から独立した機関が通貨発行権を握る事で通貨は安定する。」という意味ですね。

しかしながらそれは中央銀行の総裁が神のように全知全能かつ完全無欠で絶対に間違いを犯さないという前提があってのことです。そんなことってあり得ますか?

動画でも言っているとおり、政治家が戦争などで財政を膨張させて悪質なインフレを起こした事例は山ほどありますが、中央銀行が逆に暴走してハイパーインフレを引き起こした事例もあります。第1次世界大戦後のドイツです。当時のドイツの中央銀行はライヒスバンク(帝国銀行)で、名の通り元々はドイツ帝国の強い支配下におかれておりましたが、第1次世界大戦でドイツが敗戦していまい、ライヒスバンクの支配権は戦勝国に奪われてしまいます。ライヒスバンクはドイツ政府の支配から抜け出し、ドイツ政府は通貨発行管理に一切口出しできなくなります。ドイツの通貨発行権は、ウォーバーグなどの国際銀行家を含む個人銀行家に移譲されました。おまけにライヒスバンク銀行総裁は終身制で、総裁がデタラメな金融政策や通貨管理政策をやらかしてもドイツ政府は彼を罷免することができません。その結果政府ではなく中央銀行の暴走によるハイパーインフレ発生が起きてしまったのです。

 

参考記事

ドイツの1兆倍のハイパーインフレは「独立性の高い」中央銀行によって引き起こされた

 

 

上の記事によりますと第1次世界大戦敗戦後も割と購買力が強かった当時のドイツ通貨マルクですが、これが一気に暴落してしまった原因は通貨投機家によるマルクの空売りです。国際金融家たちが実際に保有していないマルクを売り飛ばしているかのようにみせかけることで通貨が大幅に下落します。その後、通貨投機家たちが安い価格で市場から貨幣を大量に買い戻し、「マルクを所有している振り」を実際にマルクを所有にするだけで、巨額の利益を獲得出来てウマーだというとんでもない話です。ドイツの生産者や預金者にとっては長年蓄積させた財産は、投機家たちに収奪され壊滅的な打撃を受けました。国際金融投機家たちに牛耳られたライヒスバンクはこれを看過します。中央銀行による自国民への背信行為だと言っていいでしょう。当時のドイツ政府はライヒスバンク総裁だったルドルフ・ハーヴェンシュタインの罷免をしようとしましたが、あまりに強い独立性と終身制に阻まれ実現できませんでした。


ドイツのハイパーインフレが収束したのはハーヴェンシュタイン総裁の死後です。ドイツ大統領による新設の「通貨安定委員会」と同じく新設のレンテンバンク(中央銀行とは別の組織で日本でいえば農林中金な存在?)によって国内の土地を担保とする「レンテンマルク」が発行され、ひどいインフレが鎮静化しました。レンテンバンクの創設やレンテンマルクの発行とデノミに関わったのがヒャルマル・シャハトです。

Yahoo!blogs時代に「ドイツで起きたハイパーインフレについて」という記事を書きましたが、少し改訂が必要ですね。

 

 

動画原作者は反ケインズ色が強く、彼らのような反ケインズ派は「ハーヴェイロードの前提」という言葉を引き合いに出します。それは「政府は民間経済主体に比べて経済政策の立案能力・実行能力に優れている」というものだとされていますが、彼は「ハーヴェイロードの前提」で中央銀行の独立性を強調してしまっています。

 

民主主義国家においては政治家が失策で国民生活を破壊すると選挙で落とされ政権を失います。しかし中央銀行総裁や議長を国民が直接選挙で選んだり落としたりすることはできません。アメリカのトランプ大統領がジェローム・パウエル現FRB議長に圧力をかけていたりしましたが、トランプ大統領がパウエル議長を解任させることは法律上認められていても解任までさせることは極めて困難です。

 

中央銀行総裁はタクシーの運転手で政治家は乗客に例えられます。タクシーの運転手は自動車の運転のプロフェッショナルでその地域の道路環境に熟知しています。その土地のことをよく知らない乗客は運転手に目的地を告げて、あとはタクシーの運転手に運転や経路を任せた方が早く目的地に着けることが多いです。(中にはわざと遠回りするような運転手がいたりもしますが) 中央銀行の独立性とはドライバーに運転と経路を任せる裁量権があるという認識でいいと私は思うのです。

 

もう一度スティグリッツ教授の話を繰り返しますが、通貨や投資・雇用の安定で重要なことは中央銀行の独立性よりも、中央銀行総裁の能力です。中央銀行総裁や審議委員はマクロ経済学を専攻した経済学者が就くべきです。

 

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