今月はじめの出来事でやや遅ればせながらの記事になりますが、2020年7月1日に日銀審議委員となった中村豊明氏がおかしなことを言い出していましたので批判しておきます。中村氏は日立製作所から産業界枠で日銀審議委員に任命されました。後でたっぷり批判しますが、この人は財界代表者というだけで経済学や金融政策のことを知らないド素人です。一応は慶応義塾大学の経済学部を卒業したことになってはいますが、インフレ目標や合理的期待仮説とかの意味を全然理解していません。高校生レベルの知識すらないのです。

中央銀行は自国通貨の安定や民間企業の投資意欲と雇用に直結する金融政策を司る重要機関で、マクロ経済学や金融政策に精通した経済学者が総裁や審議委員に就くのが世界的通例です。日本は大学の医学部を卒業せずに医師免許すら持たない人間に手術をさせるようなことを平気でやっています。

 

日銀副総裁を務められていた岩田規久男さんが「日銀日記」にてこんなことを書かれていました。

日本では、金融政策をはじめとするマクロ経済学に関して大学院レベル以上のアカデミックな訓練を全く受けていない人が、金融・財政政策を「解説」しており、多くの記者がそういう人に金融・財政政策に関して意見を求めるのである。恐ろしい国である。」 p211より。

大学院レベル以上のアカデミックな訓練を全く受けていない人が新聞や雑誌、テレビの経済解説どころか日銀の首脳陣である審議委員になっている・・・・・背筋が寒くなります。無免許運転と一緒です。

 

産業枠といえば2000年代にアメリカの経済学者ジョン・テイラー教授の勧めに従い、量的金融緩和政策導入を進言された中原伸之さんも東亜燃料工業の代表取締役を務められていた方ですが、この方は「奇跡の人」で例外中の例外です。

 

さて中村氏の言っていることのどこがおかしいのか解説していきましょう。

NHKニュースより

日銀の金融政策を決める審議委員に大手電機メーカー「日立製作所」出身の中村豊明氏が就任し、新型コロナウイルスの影響を受ける企業の資金繰り支援を日銀として優先すべきだという認識を示しました。

中村氏は「日立製作所」で財務担当の副社長などを務め、1日付けで日銀の新しい審議委員に就任しました。

就任の記者会見で中村氏は、景気の現状について「需要が蒸発したような状況だ。景気は今年度の上期に底を打ち下期に少し戻るのではないかという期待はあるが、回復がいつかというのは難しい」と述べました。

また2%の物価上昇を目指す日銀の金融政策について「いまは企業としては相当売り上げが減っていて、物価は上がってもらったら困ると思っている。企業の投資が増える経済にするためには資金の目詰まりを起こさないことだ」と述べていまは新型コロナウイルスの影響を受ける企業の資金繰り支援を優先すべきだという認識を示しました。

青字が間違いです。私は何度も説明してきていますが、2%の物価目標は今の物価を2%に上げろという意味ではありません。将来の物価予想や期待です。これを理解できない人があまりに多すぎます。「今の物価上昇率が2%に達していないから異次元緩和政策、リフレーション政策は失敗ダー」とか言うのは二文字のド素人です。

 

リフレーション政策におけるインフレ目標の意味は何か?

それは民間の企業や個人に進むべき方向性を指し示すことであり、実際に2%の物価目標を実現させることそのものが目的ではないのです。

インフレ目標の目的は民間企業の投資意欲を引き出し、その結果として関連企業への支払いや就労者の雇用拡大や賃上げというかたちの所得分配を加速させることです

 

中村氏のいうように今はコロナ危機でみんなお金に困っているから物価を上げるのはまずいから、インフレ目標は一旦取り下げるべきでしょうか?それは違います。コロナ危機が去った後で本格的な経済活動の再活性化を目指すという意思を持ち続ける意味でインフレ目標を取り下げてはならないのです。不確実性が高い今の状況だからこそ、政府や中央銀行が「あした」の姿をきちんと示さないといけないのです。

 

インフレ目標はいまのコロナ危機という暗闇の海の中を漂う民間企業や個人という船にとって、小さく光る灯台の明かりのようなものです。

 

同じことをツイッターでツイートしたところ自分とツイッター上で相互フォローさせていただいているフーテンの俺さんよりリプを頂きました。

フーテンの俺さんのリプ

 

早速フーテンさんのツイートについていたブログ記事のリンクを開けてみると、面白い例え話が書かれていました。

その部分を引用させていただきます。

 ある人が北に行こうとしています。北に家族が住んでいるからです。しかし、夜で周りは暗く、どちらへ行ったらいいのかわかりません。そこで、かしこい人に相談したら、北極星の方向に進んでいったらいい、と教えてくれました。ある人がそのアドバイスに従って歩いていったら、もっとかしこい人があらわれて、「北極星を目標にして歩いていけばいい」というアドバイスはまちがっている、なぜなら、そんな目標に従って歩いて行っても北極星には到達できないからだ、と言いました。ある人は、それはそうだと思い、北極星を目標にして進むのをやめました。そして、道に迷ってしまいました。

こちらの例え話の方がインフレターゲットの意味がわかりやすいですね。

このブログでは「インフレ率2%が達成されていないから、現在の金融緩和策はまちがっている、と主張するのは、「北に行くには北極星に向かって進めばいい」というアドバイスは、北極星に到達できないからまちがっている、と主張するのと同じです」と付け加えます。まったくそのとおりです。

 

あとブログ記事でもうひとつ私が非常によいと思った記述はこの部分です。

それに、インフレ率よりも、重要な指標はたくさんあります。生産やサービス(GDP)、その生産やサービスを享受できること(消費)、雇用(仕事を得ることができること)、所得など、インフレ率よりも重要なことはたくさんあります。そういうより重要な基準にしたがって金融政策は(他の経済政策に関してもそうですが)評価されるべきです。2%という数字だけにこだわり、それが達成していないから失敗している(そして、だから止めるべきだ)と言うのは、単なる揚げ足取りか、批判のための批判にしかなっていません(それに、消費増税によるブレーキが大きい、ということを忘れてはいけない)。

 

素晴らしいですね。経済政策においていちばん大切にすべき目的は何かをきちんと伝えられています。この方はホンモノです。

 

この話はさておき、将来の予想物価上昇率をなぜ上げる必要があるのかという説明を繰り返しますと、企業の投資意欲を活発にさせるには名目金利から予想物価上昇率を差し引いた実質金利を下げなければならないからです。名目利子率=実質利子率+期待インフレ率というフィッシャー方程式が有名ですね。名目金利がゼロになって流動性の罠に陥ってしまっても実質金利を下げる手があるのです。

ひどいデフレ状態が続くと企業は儲けがペラペラに薄くなりますし、銀行借り入れ金や社債などの金利負担が重くなってしまいます。また企業は収益率が下がりすぎると投資抑制や賃下げなどで対処せざる得なくなります。消費者側からみたらデフレの方がモノやサービスの価格が下がって良いように思えるかも知れませんが、その後で雇用悪化という痛い鞭が待っています。

 

企業にどんどん新しい商品の開発やら、設備投資、そして雇用というかたちで積極的にお金を遣わせるには実質金利を低く下げ続ける必要があります。しかも僅かな期間だけ単発的に金利をさげただけでは大型投資や事業拡大を促せません。中長期に渡って実質金利を下げる必要があります。そのコミットメントが中央銀行のインフレ目標です

 

重工業などの場合は十年がかりの巨大プロジェクトがあったりします。JR東海のリニア建設なんかもそうですね。JR東海という会社は非常に金利に敏感です。大がかりな事業を後押しする上でも中長期の金利を低く抑えるという予想や期待が必要です。

 

今回のコロナ危機で多くの民間事業者や個人が多額の負債を抱えてしまっています。その債務負担を軽減するには金融緩和政策の貢献が必要です。継続的な金利の引き下げの他に、日銀による債券の買い取りやマネタリーベースの積み上げなどやるべきことがいっぱいあります。日銀の当座預金口座にマネタリーベースを高く積みあげることはダムにたくさん水を蓄えておくようなものです。民間事業者や個人に融資する銀行側にとっても貸し倒れで資金が回収できなり、準備預金が不足してしまうような事態を心配せずに済みます。必要な企業や人にたくさん積極的にお金を貸し出すことができるようになります。

 

最後に参考としてこのブログで何度かリンクさせていただいていますが、矢野浩一さんが書かれた合理的期待仮説とリフレーション政策についての記事を紹介していきます。

 

「二つの悪」の悪い方と戦う ―― リフレーション政策と政策ゲームの変更 矢野浩一 / 応用統計学

 

リフレ政策とは何か? ―― 合理的期待革命と政策レジームの変化 矢野浩一 / 応用統計学

 

 

 

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