前回の記事「消費税増税で医療費や介護費の負担は減らせるのか?」は消費税の増税や社会保障費削減に協力さえすれば社会保険料が値下げされ、現役世代の負担が減るわけではないよという話をしました。社会保障制度や税制を弄り回しただけで、我々の国民負担が減るわけではありません。負担の方法が変わるだけのことです。今回は続編で、社会保険料を下げるために消費税の増税を行ったり、社会保障費の削減を行ったら家計負担がどうなるのか試算してみます。

 

社会保険料を値下げする方法はいくつかあります。列挙しますと

1 社会保険料を下げる代わりに消費税や所得税、法人税等を増税する。

2 年金や医療、介護サービスなど社会保障給付の削減を受け入れる代わりに、社会保険料を値下げする。

3 経済成長によってGDPのパイを大きくし、実質的な国民の社会保障負担を軽くする。

といったものがあります。私は3の方法が最善だと考えます。

 

 

日本は少子高齢化で高齢者の数が増える一方で子どもや現役世代の人口層が薄くなっていますが、現役世代の一人当たりの生産効率を上げていくしか問題解決の道はありません。消費税を増税しようが、現役世代の社会保険料を下げようが現役世代と高齢者層の人口比が変わるわけではありません。

 

総論はおいておいて、実際に1や2の方法で社会保険料を下げようとしたらどうなるかを試算します。

 

まず現在の社会保険財政と国家財政、GDPの状況を見ていきます。下の図表は2019年度の社会保障給付費と財源の構成です。

大事なポイントは厚生・国民年金、健康保険、介護保険、雇用保険は加入者が掛け金である保険料を寄せ合って、そのお金を疾病や怪我、障がい、高齢、失業などといった給付要件を満たした人に支給します。保険料を支払い続けた人は要件を満たせば給付を受ける権利がありますし、請求権もあります。

 

「高すぎる」と不満を持たれがちの社会保険料ですが、社会保障財源の6割をそれが担っています。そしてそれは特別会計で一般会計から独立しています。年金や医療費以外に遣えないお金です。しかし社会保険料だけでは社会保障費を賄いきれませんので一般会計からの補填も行われています。残り4割が公費負担です。消費税や所得税、法人税を社会保障費に充てる場合、下の図のピンク部分である「公費」に注ぎこまれます。(公費=国庫負担+地方自治体負担)

 

 

よくマスコミや経済記事なんかで国家財政の歳出円グラフを見せて「社会保障費(←厳密にいえば違う)が国家財政を圧迫しているぞー」なんて書かれていたりします。

 

令和元年度の国家財政の歳出状況(国税庁ウェブサイトより)

 

実際にそのとおり国債償還費を除いた歳出約78兆円のうち、半分弱を社会保障関連費が占めており、その額は34兆593億円に及びますが、これも社会保障費の一部でしかないのです。

 

現行の給付水準を維持したと仮定し、社会保険料を値下げするとしたら公費の割合を高めるしかありません。ざっくり保険料を半分にしようと思うのであれば35兆7500億円を国の一般会計や地方自治体の財源で負担する必要が出てきます。それを丸々国が被るとしましょう。社会保障関連費はいまの倍以上に膨らみます。ありえませんよね。

 

一方国家財政の歳入はどうなっていますでしょうか?

令和元年度の国家財政歳入状況 (国税庁ウェブサイトより)

 

国債発行で調達した分を除く歳入は62兆5000億円ほどしかありません。歳入のすべてを社会保障関連費に注ぎこんでも足りませんねえ・・・・不足分は赤字国債で補填するのでしょうか?(山本太郎なら国債で財源を賄えばいいと言いそうですが)

消費税の税収は19兆3000億円しかありません。35兆円分を消費税の税率に換算したら・・・・・(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

 

少し余分に見積もって
消費税25%~30%

 

竹中平蔵氏の概算も同じでちた。。。。。。

 

東洋経済「緊急提言 こうすれば財政破綻を回避できる 」

 

 

まだ竹中平蔵氏の計算は”やさしい”方です。あの竹中平蔵氏より厳しいことを仰っていた方もおります。原田泰さん(元日銀審議委員→名古屋商科大学ビジネススクール教授)です。

この方は竹中平蔵氏と同じく消費税10%増税法案と「社会保障と税の一体改革」が審議されていた民主党政権時代にWedgeにて「無責任な増税議論 社会保障は削るしかない」という記事を書き、この政策を批判されています。

 

 

記事引用

 

社会保障給付費と名目GDPの比率は、2010年の24.6%から2055年には54.0%まで29.4%ポイント上昇する。消費税1%でGDPの0.5%の税収であるので29.4%ポイントを0.5%で割って58.8%の消費税増税が必要になる。こんな大幅な増税が実現可能とは思えない。

 

鼻血が出そうです・・・・・。竹中平蔵氏が大人しく見えますw

 

どうやらいまの社会保障給付水準を維持したまま、国や地方自治体からの公庫負担割合を増やすことで社会保障費を下げるのは非現実的だということがわかりました。では2の「年金や医療、介護サービスなど社会保障給付の削減を受け入れる代わりに、社会保険料を値下げする」という案はどうでしょうか?

 

社会保障費で最も大きいのは年金です。約57兆円あります。単純に計算して給付を半分に削ってやると仮定すると28兆5000億円程度保険料負担が減ることになります。今の6割に下がるということです。健康保険の方ですが、こちらは計算が複雑になりそうです。公的な医療費を削減するとなると患者の自己負担分を増やすか、診療を行った医療機関への診療報酬を削減するという二つの選択肢がありますが、日本の場合医療機関への診療報酬は既に中央社会保険医療審議会が値切りに値切りまくって低く抑え込んでいます。「生かさず殺さず」です。医療サービスのダンピングとかディスカウントいって過言ではありません。

そのおかげで日本は安く質の高い医療サービスを買えるのです。逆をいえば日本の医療従事者や病院経営者は大変です。練達した医師がやっても赤字になってしまうような手術をはじめとする診療行為がいくらでもあります。病院側の持ち出しが結構多かったりするわけです。多くの医師や看護師は長時間・過密労働に追われます。

こんな状態なのにさらに診療報酬を削るというのは無茶です。最悪医療崩壊を起こします。

 

では医療費の自己負担分を引き上げるというのはどうでしょうか?これについては計算がややこしくなります。現在現役世代の自己負担分は3割となっています。低所得~中所得の高齢者や幼児は1~2割負担です。この自己負担割合を3割から4割にしたら給付もそれに比例するといったものではありません。日本の健康保険はさらに数百万円とか数千万円の医療費になっても後で自己負担分の一部を戻してくれる高額療養費制度というものがあります。この制度のおかげで臓器移植とか脳外科手術、心臓外科手術、高額な薬剤を使った治療を受けても自己負担額が実質数万円程度で所得が多い人でも25万円程度で済むようになっています。執刀医が天皇陛下(現在上皇陛下)の手術をされたような名医であって、陛下が受けられたのと同じレベルの手術を受けても自己負担額は変わりません。天皇陛下から低所得者まで同じ質の高い医療を受けられる日本はすばらしすぎる国ですね。「やすい・はやい・うまい」日本の医療です。

 

参考

アフラック「医療費の自己負担の割合は?

 

某医師は「お金のことを考えずに骨髄移植治療を受けられるのは日本ぐらいだ」などと言います。話が横にそれましたが、単純に自己負担割合を弄るだけで公的医療費がその分減らせるというわけではないということを憶えておいてください。

 

公的年金や健康保険の給付を削減したのはいいのですが、これで保険料が下がったから好きなことにお金を遣ってしまっていいのでしょうか?それは非常にリスキーです。保険料が下がってもその分を貯金や個人年金の積み立てをするなり、民間の医療保険に加入するなりしないといけません。自己責任と自助努力です。竹中平蔵氏が仰るとおり自分が90歳まで生きるのだったらその分のお金を貯めておくべきなのです。海外旅行とか外食、遊興なんかで散財するなんてもっての外です。若いときからもらった給料の3分の1以上を貯金するか保険に入るかしないといけません。

 

公的年金や健康保険を縮小し、社会保険料を下げるという考えには他にも落とし穴があります。公的な社会保険と民間の保険は基本的に同じものだと説明してきましたが、ひとつ違う点は所得再分配機能があるかないかです。所得が低い人の保険料を低くするとか、会社が従業員の社会保険料を折半で負担してくれるといったことがありません。民間保険ですと所得が高かろうか低かろうが同じ条件の給付を受けるのであったら同じ保険料を支払わねばなりません。

 

仮にアメリカのように公的医療保険を大幅に縮小して、自助と自己責任で国民個人が民間保険に入るかたちにしましょう。そうすると自分を雇ってくれている会社は保険料を半分肩代わりしてくれなくなりますから、同じ条件の給付を受けるとなると今までの倍の保険料を負担しないといけないことになります。それでもいいのですかということです。

 

それと先に述べたことにつながりますが、自由診療に近いアメリカの場合は診療報酬が医師や医療機関側の言い値となります。日本のようにお上から報酬を決められているわけではありません。となってくると社会保険制度を持っている国に比べ医療機関が診療報酬を吊り上げてしまうということが起きたりします。

 

参考

かかりつけ医通信 「アメリカの医療費

早川幸子 「米国で入院し9335万円の請求!海外旅行で後悔しない保険の入り方

 

 

まるで「ブラックジャック」みたいですね。

 

アメリカの医療費が高くなってしまっている原因は医療機関や医師たちが訴訟リスクを恐れているからだと云われています。高額訴訟に備えて予め高い診療報酬を要求したり、訴訟を起こされないように過剰診療を行ったりするのです。他にも医療スタッフの人件費が膨大であるといった事情もあるそうです。

 

日本の医療費対GDP比は10%程度ですが、アメリカの医療費対GDP比は18%にまで達しています


アメリカですと公的医療保険は社会主義的だといって嫌う人が多いようですが、社会保険制度を持った国の方が国民全体の医療費を安く抑えられています。イデオロギーを置いておいて実利を得た方が賢いのではないでしょうか。

 

それと公的年金ですが、この給付を削減することは高齢者だけが損をするわけではないのです。現役世代にも負担が及ぶ可能性があります。もし自分の両親が老化で介護を受けないといけないようになったときは現役世代の息子や娘が介護費や生活費を負担しないといけなくなります。この老親が年金をもらっていなかったり預貯金を貯めていなかったらどうなりますか?

介護までいかなくても親の所得が低くなってしまったり、働けなくなったら子供が親に仕送りとかしないといけないでしょう。保守派を名乗るみなさんはたうぜん親の面倒を見ますよね?それが日本人の美徳ですよね?

 

親の年金が削られたのだったら、息子や娘が親に仕送りして支えていかねばなりません。いまの年金制度も賦課方式で現役世代の子から老親に仕送りするようなシステムになっています。家族内でその仕送りをやっているか、国家レベルでそれをやっているかの違いです。

 

といふわけで「消費税の増税に協力して現役世代の社会保険料負担を減らすんダー」なんて発想はきはめて愚かなものなのです。

 

やはり「ノー・フリーランチ」です。

 

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