とりあえず11のイメージ、かけ算の。(5回目) | メタメタの日
(3)さやえんどう型

 現在、小学校(2年)でかけ算が最初に教えられるときのイメージを「さやえんどう型」と命名します。
 下の図は、教育出版『算数2下』(2011年発行)6頁です。全部「さやえんどう型」です。
kyoikusyuppan

 「ことばの式」としては「1つ分の数×いくつ分」とあります。1つ分の数が被乗数、いくつ分の数が乗数です。
 「さやえんどう型」がいままでの「同数累加型」とどう違うのかというと、乗数が「物の数」になっていることです。
 同数累加では、乗数(累加する回数)は、同数(被乗数)の集まりの個数ですから、同数の集まりをつくり、その同数を新しい単位1として乗数をかぞえるという「はたらき」が必要になります。はじめてかけ算を習う子どもには、こういう操作・考え方が難しい(だろう)ということで、遠山啓と数教協が生み出したのが、かけ算を「1あたり量×いくら分の量」として、被乗数(1あたり量)だけでなく、乗数(いくら分の量)も「もの」の数にしてしまうという教え方でした。(詳しくは、(5)タイル型で)
 その考えは、遠山らが独自に考案した「量の理論」に基づいていたわけですが、全社の教科書がこれを換骨奪胎して「1つ分の数×いくつ分」として、80年代からかけ算の導入に利用するようになったことは、何回も指摘してきました。
 こうして、乗数は袋や箱やお皿などの「物の数」として数えればよくなり、3や6や8などの被乗数を1として数える必要がなくなった。さらに、乗数の土台となる「物」は、箱や皿のように中に入れる被乗数の数値が変えられる物より、変えられない物(うさぎの耳を被乗数とするときの乗数としての兎)の方がよい、という議論もあった。
 そして教科書(小学校)では、「1つ分の数×いくつ分」の順序で書くように指導するわけですが、個人差はあるでしょうが、私は、上に引用した図では、入れ物がいくつあるかに先ず目が行って数え(るか、一瞬で分かり)、その後に1つ分の数の方に目が行くから、式は、「いくつ分×1つ分の数」の方が「自然に」感じられるように、かけ算の構造がわかったら、2つの因数のどちらが被乗数でどちらが乗数かと考えることは余計なことに感じられる。
 遠山と数教協の宿敵・塩野直道と文部官僚が、かけ算の導入を、「もの×はたらき」(同数累加型)でやっていたことを批判して、「もの×もの」(量×量)での導入を提起し、現在教科書はそうなったのに、そして、現在の文科省が、かけ算の式の順序にこだわっていないのに、数教協の現場の先生方が、メインストリームの先生方と一緒になって、かけ算の順序にこだわっているのは残念です。

         *
 
 というような歴史が、日本では「さやえんどう型」にあったわけですが、西洋ではどうだったのか。
 3×4のような数式表現を、日本は明治時代になってから西洋から教わったわけですが、明治時代前半の数学のテキストは、「中学でもトドハンター、高校でもトドハンター、そして大学でもまたトドハンターである」と、高瀬正仁『高木貞治』(岩波新書、2010年、64頁)にあります。
 トドハンターのテキストによると、3×4の式の読み方は「3 into 4」とあります。(Isaac Todhunter“Algebra for Beginners”1863年など。近代デジタルライブラリーにトドハンター『代数学』1883年として翻訳あり。コマ番号17)
 “Thus a×b denotes that the number represented by a is to be multiplied by the number represented by b….a×b is read thus “a into b.””
 ×の前にあるaが被乗数、後にあるbが乗数です。
ただし、現在の英語では、intoはわり算で使われ、かけ算で使われることは「まれ」と辞書(岩波英和大辞典、1989)にはあります。
 3 into 21 is 7.(21÷3=7) 
(まれ)7 (multilplied) into 3 is 21.(7×3=21)
 
 トドハンターをさかのぼること200年以上前、アルファベット文字で数字を表す記号的代数の発展に大きく貢献したFrancis Vieta(1540~1603年)は、かけ算を表す「省略符号」として“in”を使っています。(Francis Vieta “Opera mathematica” 1646
http://books.google.co.jp/books?id=JmBDAAAAcAAJ&printsec=frontcover&dq=inauthor:Vieta&hl=ja&sa=X&ei=dkQQU_mELcTKkwWT9oCoDA&redir_esc=y#v=onepage&q&f=false
Florian Cajori “A History of Mathematical Notations” 1928
http://ia700506.us.archive.org/9/items/historyofmathema031756mbp/historyofmathema031756mbp.pdf )
 ヴィエトの本では、現在の“A×B”は“A in B”と書かれ、それは、“A in B ducere”というラテン語に由来する、と佐々木力『数学史』(2010年、岩波書店、404頁)にあります。ducereは「導く」という意味で、“A in B ducere”は、「AをBの中に導く」という意味でしょう。https://www.alc.co.jp/eng/vocab/etm-cl/etm_cl035.html

 西洋で“into”や“in”をかけ算記号として使っていたときのイメージは「さやえんどう型」といえるでしょう。
3×4=3 in 4=●●● in (  ) (  ) (  ) (  )
       =(●●●) (●●●) (●●●) (●●●)
       =12
 3がひとさやずつに入るえんどうの数(被乗数)で、4がさやの数(乗数)です。
 さやを数式の( )で表すと、3×4=3 in 4=4(3) と表わせそうです。
実際、現代のイギリスの教科書で、数のかけ算でも、記号×を使わず( )を使うものがあります。(“Mathematics for Schools Level Ⅰ Book5”1970、Addison-Wesley Publishes Limited)
 この図のイメージは、「同数累加型」とも「さやえんどう型」とも言えます。

イギリス
 この教科書の書き方によれば、
4(3)=4 sets of 3 objects=3+3+3+3=(●●●) (●●●) (●●●) (●●●)
となりますから、4(3)=3 in 4 となり、17世紀以来のイメージとも整合します。

 かけ算に対するイメージが、「同数累加型」から「さやえんどう型」に、次にアレフ型にまで進化すると、たし算とは異なるかけ算の本質がだんだん顕わになってくるとも言えます。