かけ算の順序問題と文字式のa÷bc=a÷(bc)問題 | メタメタの日

かけ算の式の順序の問題と文字式のa÷bca÷(bc)問題については,似ているところと似ていないところがあります。

 似ているところは,1つ目は,どちらも学校(小学校と中学校)で教えていることが社会では通用しないということ。2つ目は,どちらも日本が19世紀後半に西洋数学を知ったときの西洋のやり方を,西洋ではその後やり方が変わった(被乗数multiplicand×乗数multiplierの順が,乗数×被乗数の順に変わった,記号÷をそもそも使わなくなった)のに,日本では当初教わった通りのやり方を墨守しているということ。

 似ていないところは,その中身を検討すると,次のようになります。

小学校のかけ算の問題点は,すでに論議されてきたように,

①かけ算の意味は「1つ分といくつ分の積」だけではないのに,この意味だけで教えようとする。この意味ではないパターンも出てくるが,それも「1つ分といくつ分」のパターンで解釈しようとする。

②「1つ分」と「いくつ分」の解釈は自由,つまり,well-definedではないのに,固定的に解釈する。

③「1つ分×いくつ分」と「いくつ分×1つ分」のどちらでも答は変わらず,社会ではどちらも使われているのに,「いくつ分×1つ分」の順序の式を認めない。小学校の教科書にもこの順序の式が出てくる(例①わり算の文章問題の答の「たしかめ」の式が,「わる数×商」のため,問題によっては,この順になる。②場合の数の順列の総数を求めるかけ算の式がこの順になる,など)のに,表立っては認めない。

一方,中学校の文字式の問題点は,

①「×は省略,÷は分数表記」の文字式ルールだけでは,a÷bcの解釈が決まらない。a÷bca÷b×cと,a÷bca÷(bc)という2通りの解釈が可能であり,解釈の違いで答が違ってくる。つまり,文字式ルールは「不完全」。

②そのため,中学校ルールは,a÷bca÷(bc) のルールを追加した(補注)。このルール自体は,well-definedであり,2a÷2a1と見た目にもきれいに解釈できるようになり,文字式の体系は「完全」になった(はず)。

③しかし,a÷bca÷(bc) の解釈は一般化していない。そもそも÷記号が一般化していない。表記は,誤解が生じない表記をすることが原則なのに,そのことを教えず,一般的でないルールを教えるのは問題である。a÷bcを,a÷(bc) の意味で使いたいなら,そのように( )を付けて使えばよい,という批判がある。

 つまり,かけ算の順序は,数学としても一般社会でも何の問題もなく通用しているかけ算に意味のないルールを押しつけて混乱を生んでいるのに対し,文字式の方は,その解釈に数学的に不完全なところがあった,つまり混乱があったのでルールを追加して正そうとしたが,そのルールが普及していない,という違いがある。

 この点で,文字式ルール問題は,明治時代にあった,加減乗除が混合した式の計算の順序の問題と対比されます。

 今では,四則が混合した式の計算の順序は,左側からが原則で,カッコがあったらカッコの中が先,乗除と加減では乗除先行が確立しています。

しかし,西洋でも19世紀末頃まで(日本では明治30年頃まで),これが一般化していなかった。あの藤沢利喜太郎でさえ,明治28年に刊行した『算術條目及教授法』で,計算は左から順番にするのであって,乗除を先にしたかったらカッコを付ければよい,と言っていたのでした。ところがその時すでに日本では乗除先行の慣行も普及していて,藤沢に質問と批判が殺到した。そのため,この本の改訂版では,藤沢は主張を改めています。(主張を改めた経緯も記した『算術條目及教授法』は「近代デジタルライブラリー」にあります。その他の詳しい事情は,公田蔵さんの「生徒(あるいは教師)が時に「なぜだろう」と思うことがら」http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~851051/maed/009-kota0901.pdf にあります。)

 つまり,四則混合の式の解釈が決まらなかった時代があった。藤沢は,1つの解釈を決めたが,それは認められず,別の解釈が定着して(藤沢もそれを認め)今日に至ったという流れになります。

 しかし,文字式では,a÷bca÷(bc) の解釈も別の解釈も定着することはないでしょう。中学までは記号÷は出てきますが,高校以上ではほとんど出て来ず,一般社会ではa÷bcというような形の式がそもそも出てこないのですから。

【補注】文字式の問題点の①②のa÷bca÷(bc)ルール追加の経緯は,歴史的な経緯とは違います。2a÷2a1歴史」 で記したように,西洋でも当初は何の異議もなくa÷bca÷(bc) だったようです。