筑波大学附属小学校の田中博史先生は,強力なかけ算の順序派です。
引用紹介した『新しい発展学習の展開算数科 (小学校1~2年) (教育技術MOOK)』(2005年,小学館)86頁に「このような演算を単項演算という。この場合は,3×4と4×3の意味は異なる。」とあります。
しかし,4×3=12の式で,4と12がりんごの数で,3がいくつ分をあらわす数だから,「このような演算を単項演算という」というのはどういう理解なのだろうか。単項演算のかけ算がある,というのは間違いではないのか。
田中博史さんにとっては,かけ算の式の順序は,算数導入時の便宜ではないようです。
『筑波大学附属小学校田中先生の算数4マス関係表で解く文章題』(2011年12月学研教育出版)の前著にあたる『筑波大学附属小学校田中先生の算数 絵解き文章題』(2010年9月学研教育出版)には,3×8と8×3を別々の図に対応させる問題があります(86頁。同種問題は他頁にもある)。
『4マス関係表で解く文章題』は小4・5年生用として,『絵解き文章題』小1~3年生用の後編にあたりますから,かけ算の順序についてのこだわりが部分的に残っています。しかし,『4マス関係表』の考え方を徹底していくと,かけ算の順序へのこだわりは無くなっていくはずです。なぜなら,『4マス関係表』という図式は,この書で初めて「新規考案」されたものではなく,前史にあたるものがあり,それらには,かけ算の式の順序にはこだわらないものがあるからです。
先ず第一に,仲松庸次『中学数学・理科が「田の字表」なら解ける・わかる・点がとれる!』(明日香出版社,2009年)があります。
知っている人は知っているでしょうが,仲松さんは沖縄で塾をやられていて,mixiではYojiのハンドル名で発言されています。
『4マス関係表』の中身検索と対照すれば,同じ発想であることがわかります。
比例式を横に並べるのではなく縦に並べるということは,イデムリンさんも説くところですね。
また,比例式を4マスにするということなら,日本ではすでに江戸末期の文政13年(1830年)に刊行されたベストセラー『算法新書』(千葉胤秀編・長谷川寛閲)の「比例式之図」にあります。
http://dbr.library.tohoku.ac.jp/infolib/user_contents/wasan/l/n002/01/n002010039l.png
そして,比例式の4数のうち,既知の3数から未知の1数を求める演算なら,中世ヨーロッパの商業算術の3数法や,近世中国や日本の「異乗同除法」にあり,『算法新書』の「比例式之図」は,この「異乗同除法」を解説するものでした。
また,既知の3数のうち1数を「1」とすれば,かけ算やわり算の計算になることは,Sparrowhawk氏や積分定数さんも指摘済みです。
このような周辺事情(私の知らない事情も含めて)を,田中博史さんは多分御存じなかったでしょうし,その必要もないのですが,「4マス関係表」を小数のかけ算・わり算の立式に応用したわけです。直接の淵源は,日数協の「二重数直線図」のようで,「二重数直線図」の座標部分だけを表にしたとも言えます。(※なお「二重数直線図」の淵源は,「新しい算数研究」1979年7月号に掲載された中島健三さんの「小数のかけ算(導入)(5年)」の公開授業研究で使われた「テープ図」のようです。(『リーディングス新しい算数研究2』所収)←トリビア過ぎる泉)
数教協の「かけわり図」も,仲松さんがされたように,数値の部分だけを取り出して表にすれば,「4マス関係表」になります。田中博史さんは,『4マス関係表』で,小数のかけ算,小数のわり算,割合についてだけ応用していますが,仲松さんがされたように(実物は未見なのですが),分数の乗除や速さなどにも応用可能ですし,「1」にあたる部分を下になるように表を斜めに置けば,「きはじ」「くもわ」も産出されます。「速さ」という量を独立させる必要もなく,「もとにする量」「比べられる量」などという難解な用語も必要なくなります。
このように「4マス関係表」の切れ味は素晴らしいものがあります。
まだ「かけわり図」には,建築現場の足場のような泥臭さがありましたが,「4マス関係表」は,マス目を埋めたら機械的に答えが求められ,ツーバイフォーのようなスマートさがあります。伝統的な大工さんから見れば,これでいいのか,という不安が浮かびます。
また,「かけ算」も「わり算」も「割合」も「速さ」も,なぜ,「4マス関係表」という1つの表で魔法のように処理されるのかと不思議の思いにもかられます。
しかし,これは,森毅の数学教育のカリキュラムのダイアグラム
1変数微積分
正比例 < > 多変数微積分
線 型 代 数
の「正比例」が初等数学(算数)で学ぶことなのだ,と思えば納得もできます。