青いタイルが富士山頂の白いタイルを際立たせている。


父が風呂上がりの銭湯で、近所のおじさんたちと煙草を吸いながら語っていた。


懐かしい昔の思い出のひとつだが、今は銭湯も禁煙になっている。


この喫煙に関していわせてもらうと、コロナのそれに似ているように思う。


身体に害があることは周知のことなのだが、煙草は癌だけでない。


虚血性心疾患や脳卒中など循環器の病気を含め性肺疾患など、
呼吸器害の原因、 さらに吸うことは本人だけでなく吸わない周りの人にも、
肺癌などの健康被害を引き起こすことが立証されています。


では、なぜ国は煙草を無くそうとしないのか?


地球上からそれを葬り去ることなど考えたこともないのだろう。


「分煙すれば大丈夫」「公に税金の取れるもの」「煙草産業を無くせない」として、
ゆるりと警告しているに留まっていて、いわゆる<自己責任>になっています。


コロナも即、死につながりかねない病気なのに、
「3密避ければ大丈夫」「公に選挙焦点になる」「自粛していては産業は成り立たない」
こうして、ゆるりと警告しているだけである。


そう、いわゆる<自己責任>へと移行しているだけで、何も解決していないのです。


私達は自己責任という名目上で人間社会上は守られていると勘違いして生きています。


ただ、煙草の煙もコロナウイルスも、そんな言葉上でのあやふやなものを許すはずもなく、
体内に取り込まれれば、抵抗力の無い方々を死へと導いてゆきます。


地球は温暖化でもう後戻りできない状態になっていますが、
そうした人間を取り巻いている環境を守らなければならないのは人間しかいない。


現存している政治家や研究者の類の幼稚な頭脳では総括した地球の重さなど、
きっと何百年経っても理解などできないだろうと思う。


銭湯は今や家庭風呂の普及が進み無くなってきている。


残念だが何百年も地球がもつかどうかは不明である。

 

画像はYahoo!さんより

お久しぶりです。


ブログというものは気分次第とまではいかなくとも、かなり知能と体力を使用します。


身体表現性障害はいわゆる鬱病のひとつと医師から聞きました。


気分がのるのらないではなく仕事すら出来ない状態は本当に辛いものです。


さて、先日ですが母が亡くなりました。
87歳という年齢での老衰でした。


母に関しては以前にもご紹介いたしましたが、
あまり良い思い出などはありません。


昨日、妹からの連絡もありましたが朝から胸騒ぎがし、
危篤状態の母の元へと車を走らせました。


背は低いのですが体格は決して小さいイメージの無い母が、
痩せて骨と皮だけの状態で息絶え絶えでベットに横になり、
小さな体で人口呼吸器を使い酸素を取り入れていました。


医師の話しでは心拍数が昨日から極端に落ちてきだしたので、
余命はあと少しではないかと言われました。


細く小さくなった母の肩をそっと撫でながら
「辛かっただろう?ご苦労様でした、ありがとう」
なぜかわかりませんが私はそう母に耳打ちしていたのです。


そのとき、母の閉じられた瞼から一筋の涙が落ちたのです。


「聞こえるの?お母さん?」
それからは必死で呼吸するだけの母が、
目の前にいるだけで現実に引き戻されました。


母は父に絶対服従の女性でした。


幼い頃から父は酒が入ると、うっぷん晴らしに私を殴り倒してしていました。
今で言う家庭内暴力や子供虐待など可愛いものです。


目が見えなくなるほど殴られたり、学校に行くことができないほど蹴り倒されたりと、
成人男性でも死んでしまうんじゃないかというほど暴力をふるわれていました。


そんな中、止めるでもなく父の背中越しに見えたのが、
口元に笑みを浮かべた母でした。


私が悪いことを(実際には宿題をしていなかった程度です)すると、
父に耳打ちしていたのが母だったのです。


父が亡くなるまで私は母とあまり語ることはありませんでした。


思い出が唯一あるのは本当に幼い頃、買い物がてらの散歩で田んぼ道を手と手をつないで、
ふたりで歌いながら歩いたあのときのことだけです。


父が去ると母は私に対して後ろめたさがあったのか、
実家に帰るとお金を私に渡したり食事の用意をしたりと、
なにかを取り戻そうとしていましたが、私が母に心を開くことはありませんでした。


老後介護福祉施設に入居してから、母は歩くこともできなくなり、
車いす状態でしたが私と妻が顔を出すと本当に嬉しそうでした。


歳を重ねるごとに食欲もなくなり次第に痩せて小さくなっていく母は辛そうでした。


今年の4月20日施設近所の病院に緊急入院しましたが、コロナの影響で見舞いはできず、
今月に入ってやっと会えるともう呼吸が自力で精一杯の状態になっていたのです。


私は両親を失いましたが、彼らが私に与えてくれたのは一瞬ではありますが、
こうして日々に思える幸せでしょうか?


明日、母を火葬しお寺で納骨して彼女のこの世での人生を締めくくります。


あの涙は何の意味の涙だったのかは今もわかりません。


ただひとつ言えることは、彼女もひとりの人間だったということです。

トイレに懐中時計がぶら下がっています。


妻の物なのですが、義父からもらったと聞いています。


けっこうずっしりと重いし、きれいだったのでよく磨いていました。


それが今ではトイレットペーパーの粉やらほこりで真っ白。


気が付いた時はきれいにして、時刻合わせをしてリューズを巻くのですが、
朝の忙しいときはそれすら気にならない感じでした。


やっと職場復帰したにも関わらず、相変わらず頭痛・めまい・耳鳴り、
そしてなにより心配な嘔吐が続いています。


身体的にフラフラな状態で車に乗るのは非常に危険で、
悔しいけれど休んだり早退したりと、情けない気持ちでいっぱいです。


それにしても、どれだけ休養を取れば治るのか?


本当に治るのだろうか?


身体表現性障害の怖い一面です。


けれど休養でなんとか復帰の目途がたったのも事実。


ここはじっくりと休みを取りながら仕事を続けていくしかないようです。


出勤前にトイレで時計を見る度に、治ってくれ時間はあるからと、
自分に言い聞かせている次第です。

 

画像はYahoo!さんより