ひぐらしの声に少し涼しさを感じる夕暮れをむかえるようになりました。


さて、私もTwitterなどのSNSを使い出して久しくなりますが、
最近、目にするのは誹謗中傷の多いこと。


文字だけの世界に心を寄せる方も多い中、
どうしてそこまで酷いことを書き綴るのだろうか?


ひとつは個人のモラルのなさになるのですが、
自分の欲求不満を仮想の世界で爆発させる方が多くなってきました。


現実の世界では通用しない自分の言葉が、
空想の世界では通用すると勘違いしているのでしょうね。


人の世というのは本当に短くあっけない幕をおろします。


そんな短い人生の中で、他人を傷つけるようなことをアップするということは、
悲しい人としか言いようがありません。


喜びを伝えたり、共に感じるのが本当の道筋ではないでしょうか?


仮想社会でしか生きられないなら、自分宛てのメールを一通書いてみてはどうですか?
きっと自画自賛の言葉しか生まれないでしょうね。


そんな貴方にSNSは向きません、やめるべきです。

私は経験したうえでこうして書かせていただくが、
鬱病(うつ病)はやっかいな病気である。


目が覚めてしばらくすると頭痛がし、めまいと吐き気が出てくる。


それでも出勤の用意を無理にしていると吐いてしまう。


そんな毎日で、まともに会社に行けないのです。


私の苦痛の種は何でもない日頃の仕事から始まりました。


①新人教育
ある方が新入社員として迎えられ、得意先を教えるように上司に言われました。
初めは話し相手ができて退屈な外回りも楽しいだろうと思っていました。
しかしその方がなかなか得意先への道順を覚えてくれません。
地図を書いてみたら?と助言してもしようとしないのです。
「人を教育するって難しいなあ」
ある日からなかなか眠れなくなってきました。


②事故
そんなある日、休日出勤した私は何気なく走っていた道路で、
自転車と接触してしまいました。
しかしドライブレコーダーに当たった方の自転車が映っていません。
そう側面に接触したのです。
と、言うことは私が当てたわけではないのですが、
警察は「あなたは車なんだからあなたが悪い」と聞き入れてくれませんでした。
ずっと無事故だった私は落ち込んでしまいました。


③新しい得意先の管理
お盆が過ぎた頃、得意先管理のシステムを変更する話があり、
私は新しく築かれた得意先管理に任命されたのですが、
上司からは「きちんと君が覚えるまでバックアップするからね」と言っておきながら、
初日の半日もしないうちに「ひとりで行ってきてくれないか?」と、
むちゃぶりしてきたのです。
さすがにこればかりはア然としました。
何件かの得意先をどうやって回っていくのか?納品方法?専用伝票の処理?受注?取り消し?
何もまったくわからないまま午後から放り出されてしまいました。
元々担当だった方々に次々と電話をしては挨拶回りする毎日に、
精神的に苦しくなってきていました。


④Aさんの退職
私の担当していた場所に近いところを受け持っていたAさんが突然退職する話が。
すると上司は「あなたに担当してもらうことになったから」と、
私に引継ぎを一方的に押し付けてきたのです。
まだ③の新しい得意先管理もままならないのに「そっちも?」となりました。


もう頭がパンクしてしまい④を受けた時点からちょうど一週間目の朝、
私は突然嘔吐し割れるような頭痛を感じるようになり、
ともかく内科で頭痛薬と腹痛止めを病院へいきました。


が、MRIやCT検査をしても異常がないと言われてしまい、
紹介状を書いてもらった先が、心療内科だったのです。


診察を終えてからケースワーカーを紹介してもらい、
病気のことを詳しく教えていただき、今後の対策を聞きました。


病名は身体表現性障害、読んで字のごとくで心の叫びがカラダに苦痛を与えるそうです。


そしてはっきり言われたのが「会社を辞めなさい」でした。


でも私は死にはしないのなら治るはずだとケースワーカーの言葉を無視し、

長期休暇を取って一旦会社を休むことにしたのです。


一ヶ月のち会社に復帰したとき部署が移動になり、
割と心の負担のないところに配属されたのですが、
これがまったく治ってなかったのです。


現在の会社に働き方に何の負担もありません。


それどころか申し訳ないと思っています。


なのに仕事に行こうとすると、頭痛と嘔吐がやってくるのです。


めまいが酷くてバイクに乗れないときがあるほどです。


私は今、非常に悩んでいます。


優しかった心療内科の医師本人からも「会社を辞めなさい」と言われてしまいました。


私はこの病気に負けたんだと感じています。


もういい歳しているのに来月には精神障害者手帳なるものが発行されてしまいます。


これで再就職などとても無理です。


もともと田舎暮らしだった幼い頃を思い出すに、自然の中で暮らすたいへんさもわかっています。


足の不自由な妻をそんなところへ連れてゆくわけにはいかないのです。


立ち行かなくなっている現状に苦慮しているところです。

 

人には額縁がある


生まれた時から死ぬまでの額縁がある


未来を見ている自分の額縁はどんな形をしているだろう


晴れた大空を見上げているときの私はどんな顔をしているのだろう


リズムが心の中を流れるように


時は一秒を必ず刻んでいる


次第に生きていることの重さを感じ


この世を去ることへの思いが怖さを生んでいる


残念ながら死んだときの額縁を自らは見ることができない


そんな額縁を人は持っている