ダウン症の三女を生んだとき

最初の4日間は三女の全てが可愛くて

幸せな気持ちだった。

 

 

 

 

 

だけど、運命の4日目。

 

「お子さん、ダウン症かもしれないんですよね…」

 

と聞かされた時に

一気に嫌な気分になった。

 

 

 

 

 

最悪だ!なんでなの!?

なんでまた!?なんでうちばっかり??

嫌だ!!健常児だと思ってたのに!!

 

 

 

 

 

こうなったら

三女の顔を見るたび嫌な気分になって

さっきまであんなに愛おしかったのに

写真も全然撮れなくなってしまった。

 

 

 

 

 

「ダウン症じゃなかったらいいのに!」

という一筋の望みにかけて

ネットで「ダウン症 特徴」「ダウン症 間違い」

というワードで検索しまくっていた。

 

 

 

 

 

そしてその二日後には感覚が変わって

「ダウン症でもなんでもいいじゃないか!」

という気持ちになれた。

 

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ここにたどり着けたらもう

三女に対して何も

ネガティブなことを思わなくなった。

 

 

 

 

 

長男や長女に対する気持ちと

何も変わらなくなったというか、

ダウン症だとあまり意識せず

普通に赤ちゃん育児をしている感覚で

過ごせるようになっていた。

 

 

 

 

 

でね、今日このことについて

すごく大きな発見があったんです。

 

 

 

 

 

私はこの6年間で

障害のある子のママのお話を

たくさん聞いてきたのだけど

 

 

 

 

 

世の中の障害児ママ(パパ)のほとんどが

わが子に「障がいがない状態」を

望んでいるからキツイ

ってことに気づいたんです。

 

 

 

 

 

たとえば、

3歳になってもお話ができなくて

目が合わなくて

全然、「ママ~」って来ない。

かんしゃくもひどい。

という自閉症の子のママ。

 

 

 

 

 

そんなわが子に対して

「なんでできないの?」

「このままお話できなかったらどうしよう」

「どうやって生きてくの?」

 

 

 

と、たくさんの不安や

ネガティブな気持ちがわいてきて

子どもの顔を見るたびイライラして

嫌な気持ちになっているとする。

 

 

 

 

 

そんなママが望んでいるのは

「健常な子と同じようになってほしい」ということ。

 

 

 

 

お話できるようになるように

必死で療育に通ったりして

とにかく早く他の子と同じように

成長させたいと頑張る。

 

 

 

健常な子と同じになれば(近づけば)

この嫌な気持ちがなくなって

楽になれると思っているから

その状態がいい!と望んでいるんですね。

 

 

 

 

 

私もね、重症心身障害児の次女は

早く「健康体」にしたかったし

三女も「ダウン症じゃない状態」を

望んでいた。

 

 

 

 

つまり

「健常な子」がいい!!

って望んでいた。

 

 

 

 

 

でもね、実はみんな

望む方向がズレているから

キツくなってるのではないか?と思ったの。

 

 

 

 

 

というのは、

 

 

私たちが本当に欲しいのは

「健常な子」という

物理的なことじゃなくて

 

 

 

 

「どんな障害でも気にならず可愛いと思える感覚」の方!!

 

 

 

 

わが子に対して

ネガティブで否定的な気持ちになってしまう。

ありのままを愛したいのに愛せない。

 

 

 

その「感覚」が嫌だから

どうにかしたい。

 

 

 

障害が取り除かれて

「健常な子」になれば

この嫌な感覚にならずにすむのに…

と思っていて

 

 

 

 

だから早く健常にしたいと焦り

あれこれテクニックを取り入れて

とにかく「やり方」でなんとかしようとするんだろうな、と。

 

 

 

 

 

本当に欲しいのは

わが子がどんな状態でも気にならずに

愛おしいと思えるその『感覚』

 

 

 

 

本当はまるごと愛したい。

 

 

なのに、できない。

 

 

 

 

だから苦しいんです。

 

 

 

そんなときこそ

 

 

障がいがあってもなくても

どっちでもいい。

どんなわが子でも変わらず

「愛しい」と感じたい。

 

 

 

そんな感覚になりたい!

って望んだらいい。

 

 

 

 

 

もしそういう感覚になれた人は

どんな気分だと思いますか??

 

 

 

きっとすごく楽だし

ホッとするし

何にも悩むことなく平穏だと思いませんか?

 

 

 

 

目の前の子どもは何も変わってないのに

心の中が自由で広がった感覚になる。

 

 

 

 

そうなれたらもう勝ちだよね(^^)

 

 

 

私もダウン症を受容できたのは

「ダウン症だったらイヤだ」から

「ダウン症でもなんでもいい」に

感覚が変わったから。

 

 

 

 

私ね、ずっと一人で

これをやっていたんだと思う。

 

 

 

 

わが子に対する感覚が変わってなかったら

少し何かができるようになったとしても

心は満足してないから

まだ足りない、まだ足りない、って

苦しみながらわが子に完璧を求め続けることになる。

 

 

 

 

だから私は

障がい児との関わり方やテクニックを

教えることにはあんまり興味がない。

 

 

 

 

もちろん、それも大事だけど

そういうのはこの感覚になった上で

色々工夫したらいい。

順番が逆なんだよね。

 

 

 

だから私は「心の整え方」に特化して伝えている。

 

 

 

 

 

 

「どんなわが子でも変わらず愛しいと思える状態」

本来あるべき状態なのに

そこからズレているから嫌な気分になる。

 

 

 

 

 

本来あるべき状態に

みんなを戻していく役割。

 

 

それが私の魂のやりたいことなんだよね。

 

 

 

 

あーなんか言語化できてすっきりした!

 

 

次女の件から10年、やっと一つのゴールに

たどりついた感じがするよ。