大したことのない自分を受け入れよう。 | やさしいカウンセリング 心屋*東京都

やさしいカウンセリング 心屋*東京都

東京で活動している、心屋認定カウンセラーです。
元・保育士、元ひきこもり。

現在、親子(父・子)でカウンセラーとして活躍中♪

土手を走ってきました。

(自転車で)

 

気持ちよかったニコニコ

 

 

 

 

 

 

こういうことって、言って伝わるか分かんないけど

 

自転車こいでいる最中にね、なんだかすごく愛されているような感覚になっちゃってね、ずっと気持ちよくペダルを回してた。

 

 

不思議だよね、周りには誰もいないのに、いったい誰に愛されているような気がしたんだろね(^^;)

 

 

 

自転車で走っている最中、ずっと頭の中に浮かんでいた言葉が

 

「大したことなくていいじゃない」

 

という言葉。

 

 

 

 

なんでこのタイミングで「大したことなくていいじゃない」という言葉が、何度も何度も浮かんできたのかは分からないけれど、

 

今日の半日を、大したことなくてもいいについて考えながら過ごした。

 

 

 

 

 

 

私たちは

 

立派な自分と、大したことのない自分

 

二つの自分を比べると、立派な自分の方が素晴らしいと思いがちだ。

 

 

 

だけど〝大したことがない〟っていうのは、実は人を引きつける魅力でもあって

 

大したことないからこそ、助けてもらえる。

 

大したことないからこそ、守ってもらえる。

 

大したことないからこそ、仲間になれる。

 

大したことないからこそ、好かれる。

 

 

…という良い側面があるんだ。

 

 

 

 

逆に

 

立派な人っていうのは、人の上に立つ立場だから、助けてもらえる機会は少なくなるし

 

普通に過ごしている人たちと比べると、友達の数も圧倒的に少ないだろう。(これは偏見かチュー

 

期待をされているならば、プレッシャーだって大きいだろうし

 

羨ましがられるほど、いいことばかりではない。

 

 

その人が立派であればあるほど、守ってくれる人も少なくなるんじゃないかな?

 

 

 

 

もともとその人の器が立派であって、立派な立場に慣れている、というのなら別にいいのだが

 

 

気がかりなのが

 

本当は大したことないのに立派な振りをしている人たちだ。

 

 

 

 

大したことがないのに立派な振りをしている人とは、どういう人か?

 

 

それは

 

立派な振りをしていなくてはならないと思い込んでいる人

 

だったり、

 

立派ではない自分には価値がないと信じている人

 

のことだ。

 

 

 

 

こういう人たちは、本当はすぐにでも助けてもらいたいくらい苦しんでいたとしても、なかなか助けてもらえない。

 

 

どうしてかというと、周りの人が気づいてくれないからだ。

 

立派な振りをしているせいで(本当は大したことないのに)、周りの人は あの人は今助けを必要としているんだ…! と気づくことができない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分は今日、

 

「大したことなくてもいいじゃない」

 

と半日つぶやいていた人生だった。

 

 

半日つぶやいていたら、なんだか心が楽になった。

 

 

 

 

大したことのない自分を受け入れることは、

 

 

誰かに助けてもらってもいいと、自分に許可をすることだ。

 

誰かに守ってもらってもいいと、自分に許可をすることだ。

 

1人で頑張って生きなくてもいいと、自分に許可をすることだ。

 

 

 

その許可を、今日はのんびりと…半日…時間をかけてやっていた。

 

そんな日だった。

 

 

なんだか満たされた一日になった。

 

 

 

 

やしの木  オープンカウンセリングのお知らせ  やしの木

 

お待たせしました!

千代田区かがやきプラザにて、オープンカウンセリング(無料)を開催します。

 

日程は、12/21(金)18:30~20:30です。

 

お悩みを抱えた方、心屋の活動に興味のある方、かずちゃんに会ってみたい方(笑)

参加をお待ちしています。

心が楽になる話をしませんか?ニコニコ

 

 

 

yume占いはコチラから ルンルン

※ 2019.1/4 まで…星

 

 

やしの木 カンタンな自己紹介

 

やしの木 ラジオ番組に出演しました!