東海道東下り 八回目 | 古城 めぐり

古城 めぐり

戦国時代を生きた人々の城を訪ねます

東海道東下り

         二川宿~白須賀宿~新居宿~舞阪宿

 

 

桜の花の開花が聞こえる 三月中頃東海道歩き行ってまいりました。

昨年十一月に豊橋の二川宿に行って以来寒かった冬休みを経て春が到来しました。

年々早まる桜の開花ですが今年は昨日あったようで丁度その日に合わせ出かけました

出発日  2023年 3月16日 (木曜日)

経路   JR二川駅~JR舞阪駅 

距離   21キロ

 

弁天島と国道バイパス

前回の最後  二川宿本陣

東駒屋 田村家は問屋役、名主を勤めた 家屋は豊橋市指定有形文化財

白須賀宿

白須賀宿はもともと潮見坂下の海岸沿いにあった。宝永四年1707年の津波により

被害を受け坂上の台地に移転しています。移転後の町並みは14町19間 道幅二間です

京方面から始めて太平洋を望む景勝地として知られた 数々の紀行文にその風景が

記されている

塩見坂公園跡  

信長が武田勝頼を滅ぼし尾張に戻る際 家康が茶亭を設けてもてなした。

おんやど白須賀  白須賀宿の歴史文化を紹介している。旅人の交流休憩施設

塩見坂 

五十三次 名所図会 東海道白須賀 二代歌川広重

神明神社 幕府より朱印領 四石余りの寄進を受けて八代将軍吉宗以降の朱印状の写しが

残されている

棒鼻跡  新居宿の京口 棒鼻とは駕籠の棒先の意味があるが大名行列が 宿場に入る時

     この場所で先頭をを整えたので棒鼻と呼ぶようになったとも言はれている  

枡形   宿場にたくさんの人が一度に入れないようにしている

東福寺

新居奉行所 跡

疋田八郎兵衛 本陣跡 吉田藩のほか徳川御三家が利用した

飯田武兵衛 本陣跡 明治天皇行在所となった

東海道五十三次   新居宿  歌川広重 

舞阪~新居宿までは海路であった

 

 

一日目終了