からの続きです
艱難期の始まり 第3部A パート31
Ⅲ.裁きのラッパ:(ヨハネの黙示録8章6節-9章21節 )
- 七つのラッパの時系列:
黙示録の6章から8章までの7つの封印を扱ったとき、
封印に伴う動向は、挙げられた順にしたがって始まりますが、
一時的なものではないことを見てきました。
つまり、一度封印が解かれ、その封印が示す傾向が始まると、
キリストの再臨まで中断はないでしょう。
(例えば、最初の四つの封印が示す反キリストの支配の及ぼす影響は継続して、
再臨までなくなることはありません)
これとは対照的に、7つのラッパの裁きは、封印と同じように順番に起こりますが、
次々と起こります。
出エジプト前のエジプトの災いのように、
それぞれのラッパの裁きは特定の時間続き、それが終わると次の裁きが始まります。
これらの災いはまさに神からの裁きであり、
パロとエジプト(それぞれ反キリストとその王国の明確な型)への裁きと
明らかに類似しているので、(出エジプト前の場合と同様に)その一撃一撃が
不信心な世界に個人的に捉えられ、神から出たという事実が簡単にごまかされ、
片づけられるような不明瞭な形になっていないことは、確かに適切なことなのです。
この7つのラッパの審判の具体的な年代については、
神によって非常に正確に調整されていることに注意する必要があります。
第六のラッパの裁きに関しては、黙示録9章15節に、
それを管理する四人の天使が「時、日、月、年」のために
正確に準備されたと書かれていますし、
第五のラッパの裁きの場合は、黙示録9章10節に、サソリのような痛みの災いが
5カ月間続くと書かれています。
(一般に考えられている苦痛が続く期間ではなく、災いの長さを指しています)
このことは、7つのラッパの裁きの期間と強度が増加するという原理
(最後のラッパは、歴史上最も激しい審判である大艱難で、7年の期間の後半の42カ月間続く)があるので、その長さを予測することができるでしょう。
第5の裁きが5カ月続くということは、同様に、
最初の6つのトランペットにそれぞれの数に対応する月数を割り当てて考えることができます。(第7のトランペットは、このシリーズの第4部で詳しく述べますが、
大艱難期の後半期全体を表しています)
この月数を足すと(つまり、第一のラッパが1ヶ月、第二のラッパが2ヶ月、
第三のラッパが3ヶ月、第四のラッパが4ヶ月、第五のラッパが5ヶ月、
第六のラッパが6ヶ月)、合計21ヶ月となり、
艱難期の前半期間の合計42ヶ月のちょうど半分となります。
(図が表示)
2、七つのラッパの裁き:
上の図から分かるように、これら6つの審判は、大艱難の開始の直前に順番に位置しています。(艱難期の最初からではなく、また最初の42ヶ月の間に何らかの形で
分散しているのでもありません)
上の図に示されているように、これらの裁きが大艱難期に先行し、
さらに直接大艱難に突入する事は、ほとんど反論の余地がないほど理にかなっています:
1)加速の原理は、物事のこのような理解を促します。
出エジプトの十の災いがどんどんエスカレートしてひどくなったように、(下記参照)
これらの裁きが進むにつれて、事態がどんどん悪くなると予想されるからです。
上の図に示されているように、災いの期間が延びることは、
裁きの重みを増し、警告に力を与えることになります。
(世界中の世俗的な法制度だけでなく、
不敬虔な行為に対する神の思いの表現方法にも適う、
不品行の再発に対する厳罰化の原則に従っています:
2)黙示録をざっと読んだ人でもわかるように、
七つの裁きのラッパと黙示録16章の七つの鉢の裁きの間には明らかな類似性があります。
ここで重要なのは、
7つの鉢の裁きはハルマゲドンと再臨の直前にあり、
大艱難の42ヶ月の後半にあるという事実です。(本シリーズの第5章参照)
したがって、意図的に並列されたラッパの裁きが著しく異なった時期に起こるとすれば、
それは極めて異例なことです。
3)トランペットの役割は、裁きを通して警告を与えることです。
(つまり、大艱難期の恐怖が始まる前に、また獣の印を受け入れることによって
悔い改めの可能性が失われる前に、世界の住民を霊的硬直状態から揺さぶり起こすための、
情け深い最後の試み)
ですから、この七つのラッパの審判は、警告の対象となる出来事(大艱難)の
直前に行われるのは、理にかなっています。
七つのラッパのさばきが艱難期の初めに集中するなら、
大艱難期が始まるまでの21ヶ月間という不可解な猶予を与えることになり、
意味を持たなくなります。
同じことが、最初の六つのラッパの裁きが艱難期の前半の42ヶ月間に
分散して起こる場合にも言えます。
人は、どんなに恐ろしい出来事を体験しても、時間の経過と共に、
忘れ無視するという悪名高い性質を持っているので、
これらの裁きに代わって猶予が与えられても、逆効果になって
警告の目的は果たせない傾向があることは想像できます。
実際、黙示録に記されているように、これらの裁きと第七のラッパの間には
明確なギャップはなく、出エジプト記の場合と同様に、
警告と罰の間に継ぎ目のない連続性があることが推測されるのです。
4)七つのラッパの裁きの流れは、実際、大艱難期に直接つながり、
明確なギャップや隙間はありません。
(例えば、黙示録10章6-7節; 11章1-14節;
また、大艱難にのみ関係する出来事が含まれている
12-13章と11章15-19節を参照してみてください)
聖書によると、(特に、第七のラッパが大艱難期であるため)
ラッパの裁きの終わりを直接大艱難期に「繫げて」理解するしかありません。
--パート32に続く
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ラッパの警告の時系列は聖書を読むとよく分かりますね
艱難期がいつからか分からなくても、始まると期間が分かります
信号がいつ青に変わるか分かるように
ランプが段階式に表示されているものがありますが
せっかちの私は、そんな信号機がとても助けになります
ランプが一つづつ消えていくので、どれくらい待てばよいか認識できるから
忍耐を持つ助けになりますね
同じように、忍耐をもって待って下さっているイエス様に
感謝します
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昨日の写真の続きです
![あじさい](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/056.gif)
大賀蓮、開き始めていますね
ボートにも乗りたかったけど、あまりの暑さに断念
次の機会に
おじいさんがずっと同じ場所でスマホを向けているので
ジャマにならないように、隣に立っていたら
あれ・・・
トンボさんだ
長男さんがトンボに触ろうと手を伸ばしたら
おじいさんが「あっ」と声を出した
私たちの声で、おじいさんが大賀蓮の花を撮るのをやめて
どうやらトンボにスマホを向けていたようだ
「トンボさん、もう少し止まっていてね」と言ったら
一瞬、時間が止まったように感じた
トンボは待っていてくれて、おじいさんも撮ることができたみたい
満足そうにニコニコしながら「どうぞ」と言ってその場を離れた
おじいさんも、子供の頃トンボを追いかけたことを思い出したのかな
因みに、長男さんが再度手を伸ばしたら
トンボはスィ~ッと飛んでいきました
長男さんも子供の頃を思い出したのかな(´艸`*)
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(写真はつづく)
立ち姿もカッコ良かったのですが、写真を撮らせてくださいと言ったら
飼い主さんが「サンちゃん、座って」と言ったから
おすまししてくれました
サンちゃん、ありがとう
今日もありがとう~