(ひとしずく・時をこえた方のもとに)‐Sさんの卒業‐  | sarah‐mercy

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イエスの愛と共に
猫にも花にも愛は注がれている

~友人からのメール~

 

「時をこえた方のもとに」 

 

愛する者たちよ。

この一事を忘れてはならない。

主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。 

 (第二ペテロ 3章8節) 

 

 ここ数日、ヘルニアの手術で入院していました。

お祈りしてくださっていた方たちのおかげで、

<おそらくクリスチャンだと私は思うのですが>

特別素敵な担当医師と担当の看護婦さんに恵まれました。

この方たちにお会いしただけでも、入院した価値があったと思えるほどでした。

大げさな表現に思えるかもしれませんが、

この世の闇の中で、光として輝く人達とはこういう人達ではないかと思いました。 

 

 本当によく世話してくださった看護婦さんに、

「何年間勤務しておられるのですか?」と尋ねたら

「16年です」と答えられました。

それで、「ではベテランですね」と言ったら、

「私なんか、ペーペーです。

 Mさんは(私のことを宣教師として知って)、もっと大変ですね。

  神様にお祈りしています」

 

お祈りによってカバーされていると、

あらゆることまで神様が手配してくださっていることに驚きでした。

この看護婦さんには、この入院前に合わせて制作した

再版の冊子をお渡しすることができました。

次の日は自分の休みになるので、もう会えないということで、

わざわざ挨拶に来てくださったのです。

その時、彼女と医師の方にも渡してくれるように、冊子をお渡ししました。

とても喜んで受け取ってくれました。

私のこの病院に行くにあたり、入院時間が少ないだろうと思い

冊子をだれかに渡せるようにお祈りしていたのです。 

 

 手術もスムーズに行き、全身麻酔から目覚めて、気づいた時には病室にいました。

しかし、尿、心電図、点滴などのコードがたくさんつながっており、

その日は、ベッドに寝たきりでした。

特にその日の夜、体を動かせないため、背中が痛くてこれには弱りました。 

 うとうとしても、痛くてすぐに目覚めますが、

体を動かせないので、痛みをこらえる、これのくり返しで、

早く朝になって、チューブを外してもらい、

すぐに家に帰してもらおうという思いがつのりました。

そこで、私みたいに、簡単な手術で、すぐに退院できるわけではない、

入院している多くの人たちのことを思いました。

 

はじめ入った時は大部屋で、入院の翌日の朝、手術着に着替えていたら、

点滴のスタンドにつかまって洗面室に歩いていく同室のおじいさんが、

「退院かい? いいなー」と子供みたいな言葉で話しました。

それで、「いえ、今日は手術です」と言うと、同じく

「退院か、いいなー」と言っていたので、多分耳が遠いのかもしれないと思い、

もう説明するのをやめましたが、

どれだけ、こうした状態から早く抜け出したいと思っていることだろうと思いました。

 

そんな人のことや、入退院を繰り返している人のこと、

またずっと車いすに縛られるようになった人のことを思いました。

自分にとってこんなにも時間というものが長く感じられるのなら、

これらの人にとってはどれだけ長く、忍耐を試されるものだろうか、と感じました。 

 

 痛みの中で、携帯に手を伸ばして、時刻を見ます。

まだ夜中の12時にもなっていない。

そしてまた眠ろうとします。

だいぶ経ったと思い、また携帯に手をやり、見ても10分しか経っていない。

そんなことを繰り返していて、夜がとても長く感じられたのです。 

 

 そして、ああ、主は祈らせたいのだと思い、

思い出す限りの人たちのために祈ることにしました。

次から次へと、普段、祈れていなかった人達のために祈れました。

不思議なことに、祈っていると痛みを忘れました。

そして時間が早く過ぎていくのです。 

 

 時を超えて存在しておられる方のもとに行って、心を注ぐと、

その永遠の御性質を御霊のうちに頂けて、

自分の体の痛みやこの世のことの煩いから解放されて、

主の思いを持たせていただけるのでしょう。

思い煩いがなくなり、永遠の視点を持たせてもらえるのです。

常にそうした立場にいるべきなのでしょうが、眠れない夜のうちにあって、

再び思い起こさせて頂けたこと感謝です。 

 

 何事も思い煩ってはならない。

 ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、

 あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。

 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、

 あなたがたの心と思いとを、

キリスト・イエスにあって守るであろう。

 (ピリピ4章6-7節) 

 

 普通だったら、もう少し長く手術後は入院してもらうのだそうですが、

「本人の希望ですから」と担当医が融通してくださいました。

これにも主の愛を感じました。 

 

 昨日の退院の時には、家内と娘の一人が迎えに来てくれました。 

帰りの車の中で、私たちの愛する姉妹Sさんが卒業したことを聞きました。

もう意識はなくなっていたのですが、主が迎えられたのです。

先に主のもとに行かれた姉妹のことを思い、

さらに自分のこの地上での召しを真剣に受け止めさせられています。 

 

愛する皆さんからのたくさんの励ましとお祈り、心から感謝しています。

主の恵みで満たされますように。 

 

 

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私達が主の御声を聞くことにおいても成長できますように。

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先日、Sさんがこの世を卒業されたことを聞きました

昨年、脳腫瘍の手術をされ、一時は元気に回復し退院できました

私もお会いし、お話することが出来たのですが、

2ヶ月前に再発、再入院、闘病は苦しいものだったと思います

でも、彼女の祈りを聞かれたのでしょうか・・・

イエス様は、静かに彼女を迎えに来て下さり、

今は主の懐で喜びに溢れていると思います

 

乏しい生活の中でも、地域猫のボランティアをし

公園のホームレスの方ともお友達になり

いつも与えることが大好きな方でした

彼女が与えた何倍もの祝福を

受取ることになるのでしょう

愛したことしか、持って行くことは出来ないのですから

とても豊かな人生だったと思います

 

残された人たちの為にも

主の慰めがありますように

お祈りしますお願い

 

「あなたがたによく言っておく、

わたしの兄弟であるこれらの最も小さいものにしたのは

すなわち私にしたのである。」

(マタイ25章40節)

 

 

試練を耐え忍ぶ人は幸いである。

それをしのびとおしたなら、

神を愛する者たちに約束された命の冠を受けるであろう。

(ヤコブ1章12節)

 

感謝します

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ねむの木の花が咲き始めたよ

 

 

タイサンボク

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は長男さんのところに長女さんと一緒に行きます

近くの公園に大賀蓮が咲いているので、見に行ってきますね

大賀蓮は何年ぶりかしら・・コロナで行けなかったので

久しぶりです、一年に一度しか会えないから嬉しいですね

今日は暑くなるようなので、

皆さんも水分補給にお気を付けください

お祈りしていますお願い

 *:..。o○☆゚・:,。*

 

 

お、茶とらちゃん

                

 

 

 うちのくぅちゃんに似てる猫ちゃんだなぁ・・・くぅちゃんはてなマーク

 な~んてね、また来るねバイバイ

 

 今日もありがとう~ラブラブ