”(ひとしずく・思い出の直江津)夢の覚え書き” (レトリバーになった夢) | sarah‐mercy

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イエスの愛と共に
猫にも花にも愛は注がれている

今日は敬老の日ですね

友人がお母様と子供たちと旅をするお話と、召命を与えられた記憶の話が書いてある

2016年9月19日 6年前の今日の記事ですが、懐かしく読み返しました

宜しければ覗いてみてくださいね下差し

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それと、丁度一週間ばかり前の記事で、最後にラブラドルレトリバーの話を

ちょっと書かせて頂いたのですが 下差し

(ひとしずく・㉛サタンの反乱 艱難期への序章 第三部)正しそうに聞こえる欺き 

 

その時、私が夢の中でラブラドルレトリバーになったことを

「また後で書きますね」・・・と言ったきりそのままになっていたので

ここで少し書いておこうと思います

6年前の過去記事の方には、へブル12章1節が出てくるのですが

私がレトリバーになった夢では、へブル12章11節を頂きました

(随分前の夢なので、すでにどこかで書いたかもしれないけど)

 

夢の中で、何故か私は子犬を連れてさまよう野良犬のようでした

時々親切にしてくれる人もいるけど、責任をもって世話してくれる飼い主がいないようです

とにかく子犬にお腹を空かせてはいけないと必死に食べ物を探してさまよっています

ある意味、自由気ままで楽しそうにも思えましたが

いつも飢えと、孤独と、恐れの中で生きています

子犬が一緒にいたことが唯一の安らぎのひと時でした

 

ある日、優しい目をした人がやってきて、私と子犬を家に連れて帰りました

どうやら、その人が私と子犬の世話をしてくれるようです

広い庭と、美味しい食事と安心して眠ることのできる部屋も与えられました

安全な場所だったので、暫くは嬉しくて心地よく過ごしていたのですが

何と言っても、私は野良犬ですから、自分勝手にどこかに出かけたいと思うようになり

時々、飼い主に対して反抗的な態度をとったりするようになりました

そこで、飼い主は、私を訓練するために本腰を入れました

「可愛い~」「可愛そう~」だけではお互いに幸せになれないし、喜びも無いからです

 

簡単なことから始まり、段々訓練は難しくなっていきますが

時には「わざと意地悪をしているの?」と理解できない時もあります

それでも飼い主は、出来た事をとても喜んで褒めてくれるので、段々嬉しくなりました

優しいだけではなく、厳しさと、絶対的な信頼がありました

私は盲導犬レトリバーとして訓練されていたようで

長い時間をかけて、忠実であることや、

忍耐強く献身的になることを学ばせてもらっているようでした

好き勝手していた野良犬のままでは、味わうことのできない喜びと安堵感が

そして何よりもすべての事に感謝する毎日でした

 

 

すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、

むしろ悲しいものと思われる。

しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、

平安な義の実を結ばせるようになる。

 

それだから、あなたがたのなえた手と、

弱くなっているひざとを、まっすぐにしなさい。

(へブル12:11-12

 

感謝します

ハート ハート ハート

 

 

台風の影響で避難しなければならない方たちも、どうぞ守られますように

お祈りしています

今日もありがとう~ラブラブ