(ひとしずく・サタンの反乱と堕落-a)ロバート・D・ルギンビル博士 | sarah‐mercy (ameblo.jp)
からの続き
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黙示録の深い理解のために参考資料があります。
御言葉の深い学びを通して、新しい宝を発見してみて下さい。
シリーズでありますwww.ichthys.comの資料から翻訳したものです。
翻訳が進み次第、お送りします。
サタンの反乱と堕落-b (ロバート・D・ルギンビル博士著)
2)神様の宇宙の創造。
神は、何の義務も必要もなく、今日の宇宙を創造されました。
神は、時が来る前に、一瞬のうちに、時間と空間とすべての物質を無から創造されました。
神は、被造物である私たちが存在するための時間的・物質的な環境を
私たちに与えるためにそうされたのです。
つまり、現在の世界とその創造の目的は、私たちと神の天使たちに、
自由意志を行使するための棲家と居場所を与えることにあるのです。
神は霊的で無限のおかたであり、存在のために有限の宇宙を必要としません。
神がそのすべてを創られたのです。
それは、私たちが神を求め、神を知り、神に従うことを選び、
神が最初に私たちを愛してくださったように、私たちが神を愛するようになるために、
私たちのため、私たちの益のためです(使徒行伝17章26-27節、ヨハネの手紙第一4章19節)。
私たち人間が、自分の人生や愛を分かち合いたいと願い、
そのために子供たちをこの世に送り出したように、天の父は、私たちのために、
そして主の栄光のために、天と地を主の子供である私たちのために用意されました。
私たちはおもちゃでも、ペットでも、機械人形でもなく、神の子孫なのです(使徒17章28節)。
神様が、ご自身のひとり子を私たちと同じように血と肉を持つために遣わし、
私たちの身代わりの死を遂げさせ、それによって私たちが永遠の命を得るようにされたという事実は、
私たちと私たちが見ているすべてのものに対する神の創造が、偶然ではなく、
私たちの神であり父である神の無比の知恵と目的と愛から直接流れ出たものであることを示す
紛れもない証拠です。
3)神による天使の創造:
現代のクリスチャンは、大衆文化の中で天使に関する誤った情報に常にさらされているので、
聖書の観点から考えてみるのが助けになるでしょう。
聖書の中では、天使はあまり目立たない存在です。
聖書の約半分の書物では、天使についての言及はまったくありませんし、
少し考えてみれば(あるいは調べてみれば)、
聖書の物語の中で天使が出来事の焦点となることはほとんどないことがわかります。
これには非常に大きな理由があります。
つまり、聖書は神が私たちにどのように対処しているかを説明するものであり、
神が天使にどのように対処しているかについては、ほんの少ししか触れていないのです。
なぜなら、天使とその活動に過度に魅了されること
(特に、聖書に含まれる正当な情報をはるかに超えるもの)が、
信者と不信者の両方にとって大きなつまずきとなっていることは周知の事実であり、
今もなお、主であり救い主であるイエス・キリストの救いの知識(学ぶべきことが非常に多い)や、
聖書の他の教義から、代わりに空想の世界(すなわち、天使とその活動に関する誤った情報)に
注意を引きつけているからです。
天使の領域に関する知識が重要でない、必要でないというわけではありませんが、
聖書は天使のテーマを「知る必要性」に基づいてアプローチしています。
つまり、必ずしも知りたいことをすべて教えてくれるわけではありませんが、
世界と私たちに対する神の計画を理解するために知っておくべきことはすべて教えてくれるのです。
選ばれた天使と堕落した天使の行動、機能、組織については、
このシリーズのパート4で扱われていますが、
ここでは、私たちの現在の研究にすぐに関係する、聖句から分かる基本原則のいくつかを
概説することが役に立ちます。
a. 天使は人間とは別類の被造物
万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、
位も主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。
これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために造られたのである。
(コロサイ 1章16節)
天使に関する現代に広まっている最も質の悪い誤解の一つは、
死人が天使になるという、全く誤った有害な考え方です。
これは真実からかけ離れています。
聖書は、神の創造において天使が人間に先行していたこと(ヨブ記38章6-7節)、
人間はもともと天使の創造に比べて栄光も力も少ない状態で創造されたこと(詩篇8篇4-5節)を
明確に示しています。
b. 天使は有限の存在:
天使は現在、明らかに優れている存在ですが、時間と空間に依存しています。
天使は人間より力があり(第二テサロニケ1章7節; 第二ペテロ2章11節)、
すばやく(創世記28章12節)、知識も豊富(サムエル記下14章20節)ですが、
全知でもなく(マタイ24章36節)、全能でもなく(ローマ8章38節)、
全存在でもありません(ダニエル10章13節)。
天使はしばしば「天の軍勢」と表現され、無数の星に例えられ
(例えば、ヨブ25章3節、詩篇103篇20-21節、イザヤ40章26節、ルカ2章13節)、
高度に組織化された集団であり、非常に数も多いのですが、
その数がどんなに多くても、有限であることを理解すべきです
(申命記33章2節、詩篇68章17節、ダニエル7章10節、ヘブル12章22節、黙示録5章11節)。
天使が霊的な存在なのか、物質的な存在なのかについては、
何世紀にもわたって議論されてきましたが、ヘブル1章7節や14節などを理由に、
前者を支持する意見が多いようです。
実際、聖書に描かれている天使は、私たちが働いている物質的な制約の多くを受けていません。
天使は年をとることも、空腹になることも、疲れることもないようです。
時には、人間の体に入り込むこともできますし(悪魔に憑依された場合など:ルカ8章26-39節)、
私たちの世界で仕事(場合によっては悪事)をしていても、ほとんどの場合、
私たちには全く見えません。
これらの事実は、天使の性質が非物質的であることを物語っています。
しかし、天使は肉体を持って現れることもありますし(キリストの誕生を知らせるときなど:
ルカ2章8-15節)、物質世界に大きな影響を与えることもあります
(風を操る天使のことを考えてみてください: 黙示録7章1-3節)。
これらの事実は、上述の時間と空間に従属していることと合わせて考えると、
天使は実体が「霊的」であっても、
ある種の物質的な制約や拘束を受けやすいことを免れないことを十分に明らかにしています。
例えば、神の裁きによって閉じ込められたり、強制されたりすることがあります
(堕天使の最終的な処分の場合:マタイ25章41節)。
人間は霊的な生き物であると同時に物質的な生き物でもありますが
(これについてはこのシリーズの第3部で詳しく説明します)、
現在の体が地上的な性質を持っているのに対して、来るべき体は天的な性質を持つと言われています(復活したキリストの例で示されています)。
使徒パウロが言うように、
「(人間の体は)自然の体として蒔かれ、霊的な体としてよみがえります」(コリント第一15章44節)。
この 「霊的」な体が、あらゆる意味での「体」であることを、私たちはキリストの例から知っています。
疑い深いトマスが最後にイエスを見たとき、イエスは
「あなたの手をわたしの脇腹に差し入れなさい」と命じられましたが、
これは主の新しい「霊的な体」の真の物質性を示すためでもあります。
このように、復活の前も後も、人間は真の肉体を持っていることが特徴的です。
しかし、天使たちはそうではありません。
ルカ24章39節では、復活した主が怯えている弟子たちに現れて、
「霊(プネウマ--ヘブル1章7節と14節で天使に使われている言葉と同じ)には、
あなたがたが見ているように、私が持っているような肉と骨はありません」と断言しています。
霊は喜んでいますが、肉(今)は弱く、私たちに立ちはだかる誘惑の主な原因となっていますが、
天使にはそのような誘惑はありません(例えば、お金は必要ありません)。
しかし、不思議なことに、真の肉体でなければ得られない感覚的な経験がないことが、
サタンに従った多くの天使が恩寵から脱落する少なからぬ原因となったようです(後述の第Ⅳ部参照)。
次に続く(ひとしずく・サタンの反乱と堕落-c) | sarah‐mercy (ameblo.jp)
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たくさんの聖書箇所が出てきますが
黙示録を学びたいと思われる方は、是非、聖書を手に取り
一つ一つ調べてみてください
真理は自由を与えてくださいます
しかし、聖書に書いてあるとおり、
「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮びもしなかったことを、
神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた」のである。
(第一コリント2:9)
感謝します
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今日もありがとう~