こんにちは

随分間が空いてしまいました

中国青島編 その2の続きです。
宜しければお付き合い頂ければ幸いです。
~~中国青島編~~
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美しい教会ですね!
結婚写真撮影スポットでもあります。
この辺り、ずーっと石畳。
古い建物を見るとちょっとワクワクしますね。
(顔を上げると中国の街)

聖堂すぐそばのカフェで一休み。
そのあと館陶路を目指し街歩き。
コニーさん?

ところで館陶路には
日本統治時代の建物を見に来ました。
青島は1915-1922年それから1938-1945年に日本の統治下にあり、終戦前には4万人を超える日本人が住んでいたとのこと(現在の香港は27,000人くらい)。
館陶路はその頃に日系の金融・商社等の企業街として開発され、現在もそういった建造物が残っているらしい。

長野宇平治氏の設計。
今も銀行として使われているのが、何となく嬉しかったりして。
尚、横浜正金は現在の三菱UFJ銀行の前身の一つで、旧日本軍を資金調達面で支え、中国に何箇所か建物が残ってますね。
~~関連の日記~~

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ネットで当時の写真見つけました。
当時このストリートは、葉桜(はざくら)町という名前だったそうです。
ひときわ威容を誇るこちら

当時の写真。
当時、この辺りでは背筋のピンと伸びた日本男子を見かけたのだろうか、なんて勝手な想像をしてしまいます。


満鉄と関係の深い会社で、当時日本で3番目に大きな海運会社だったそうです。
尚、火事により一部消失した為、修復後にこのデザインに変わったみたいです。
中国工商銀行は

こちらも三井幸治郎氏設計。
朝鮮半島は当時、日本の統治下でした。

あ、日本に関係ないけどつい気になりました

尚、こちらは前日に太平路で見かけた旧・坂井禎一氏のお屋敷
やはり三井幸治郎氏の設計だそうです。
青島にはまだまだ昔の日本人ゆかりの建物がありそうです。
次に旅行する機会があればもっと見つけたいです。
〜青島編 最終 に続く
