東京方面へいきます
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21(木)
東京入り。
22(金)
青梅市に移動・某NPO法人の講演の手伝い
23(土)
東京に戻る、自由行動
夜はMatayan心理学オフ会
埼玉中浦和プラザホテル泊予定
24(日)
Matayan心理学集中ミニ講座のお手伝い
JR埼京線中浦和駅プラザホテル2F
(一般参加大歓迎)
http://jbbs.livedoor.jp/study/5284/
ほぼ一日予定・夜遅くは空くかも
埼玉中浦和プラザホテル泊予定

25(月)
自由行動のあと好きな時間に帰阪予定
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この間の連絡は携帯の私書箱まで・・・
私が女装する理由は性同一性障害でもなんでもなく、性的トラウマだった。
私は10年前、性犯罪に遭った女性の過去の傷に共感しすぎた。
その傷を受け入れられなくなり、男性であることに疲弊していたのだが

三島の様に、より一層「男らしさ」に拘った。

・・・そんな、女装を知らないころの私は「時代」を侮っていたし、
そこに、答えなど無いと思っていた。
むしろ時代が故に私は不幸なのだと・・・。

「思想」の定義する秩序が心地よかったと思う。

そんな私が、はじめて神戸コレクションに行ったのは2005年S/Sだった。何故かは解らない、私自身の何かが、ソレを望んだ。
毎週の様に、MBSのベリータという番組にチャンネルを合わせて、その上品なセンスに溢れた雰囲気が男性であるはずの私に、心地よく感じられていた。女性文化が咲き誇る現代、それを男性差別であると嫉妬することなら簡単だった。だけど・・・ほんとうは、私も癒されたいのではないのか?・・・妬むより、横取りしてみたらどうだろうか。ベリータ・・・それは新たなる場所への誘いだったと、思う。

そして神戸ファッションマート・・・足を踏み入れて・・・私は言葉を失った。光と音が震える世界。これが女性の文化、女性の心を癒し、虜にする巨大なる装置。

男性と違い、思春期から毎月の不快を抱えて生きる女性・・・
親子関係、夫婦関係、それら家族の中で甘えが集中する女性・・・
その心を癒すもののひとつが「ファッション」だったのか・・・。

女性の過去の傷に共感しすぎて、疲れ、人間を嫌いになっていた私が元気になっていた。
どっかーん!・・・と、心の闇を跳ね飛ばす迫力。限られた時間だけ見られる夢。
女性が、女性として生まれて良かったと思える演出

「女性の文化が・・・咲いている」

モデルのウォーキングのひとつひとつに私は震えた。
ミニスカートとロングスカートで歩き方も違うんだ・・・。私、ただただ何も知らずに社会や文化を語って批判していた。
私は、今の時代の女性たちのこと、若者のことを、なんにも解ってなかったな。

日本橋で電子部品を漁り、戦車のプラモデルを作るのが好きなオタクだった。派手な現代女性を嫌悪し、軽蔑していた。そして、勝手に、女性に絶望していた。

そんなオタク風情が、自分の好みで服を買い始めた途端、足を踏み入れた女性文化とファッションの聖地、神戸コレクション。

極から極への大移動。我ながら無茶をやると思った。

・・・だけど、いずれここが私の「場所」になるのだった。
私のおいたち
ガキの頃から政治屋の父のスパルタと虐待で育ちました。
テストで99点でも一点足りなくてボコボコ。
塾の全国模試で全国3位に入っていないと引きずりまわされました。
父は、髪を染めた女性にキレて髪を掴んで外を引きずりまわしたりする人間だったそうです。
ネオコンの情報を信じた両親により第2次性徴期から性を完全否定されて
育ったので、とんでもないスケベになりました。

めふぃ~たん、非行の履歴(≧▽≦)
24歳の頃(1994年)
 婚約した女性の過去の性犯罪被害体験のことで
 深刻な性的トラウマを負い、破局しました。
 相手を甘えさせる余裕の決定的欠如が露呈しました。

28歳の頃
 これまで年の様にいっぱい恋をするも、続かず。
 今のところ最後の恋愛が終わりました。

32歳の頃
 「茶髪は国賊」がモットー。
 悪名高い某男女板で女性文化叩きに勤しんだり
 浜崎あゆみバッシング記事を愛読していました。
 実態は丸刈りのダサ系保守的青年でした(・_・)
 価値観の合う相手は大正生まれのご婦人。

33歳の頃
 相変わらず異性のことを考えると吐き気までしていました。
 「女性を大事にする」などという心理学の又吉正治先生に喧嘩を売りました。
 家族再興という思想に身を置きながら自身の家族が崩壊。
 自分自身、嫌いなDV父に近づいていることを知り、自らの思想を総括しました。

34歳の頃 
 めふぃ~ちゃんねるHPスタート
 髪染めて非行に走りました(≧▽≦)
 ファッションに目覚めるも性的トラウマから女性化。
 批判していた現代女性像が本当は好きだったことに気付きました。
 浜崎あゆみの歌を聞いて私の苦悩も、そこにあることが解りました。
 又吉正治先生の心理学を正式に学び始めました。
 神コレを、はじめて見ました。
 女性を癒す文化の壮大さに衝撃を受けました。
 昔のトラウマの原因が、隠された異性への「共感」にあることに気付きました。
 女性を性の対象と見る割合が少なくなってスケベでなくなっていきました。

そして35歳・・・
 浜崎あゆみのアリーナツアー2006に行きました。
 スカート穿きはじめました(≧▽≦;
 あるアロマセラピストの女性に昔からの深刻な性のトラウマを終息させていただきました。


嫉妬深くて、女性を殴り、力で支配し、子供に虐待をする父と、
同じ人間になりようのない、なりえないところまで行きたい。

繰り返される悲劇の世代伝承を私が打ち切りたい。
そのために、どこまでも限界を越えたい。

人の心にある「壁」を、当たり前のように沢山越えたい・・・